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MSC回章第623号(仮約)

MSC/Circ.623 Rev.1

海賊及び船舶に対する武装強盗

海賊及び船舶に対する武装強盗の予防及び抑止のための
船舶所有者、船舶運航者、船長及び乗組員に対する手引き

前文略
附属書
海賊及び船舶に対する武装強盗の予防及び抑止のための
船舶所有者、船舶運航者、船長及び乗組員に対する手引き
前 書
1 本回章は、公海における海賊並びに錨泊中又は港外若しくは沿岸国の領海内の航行中における武装強盗の危険を軽減するためにとるべき予防措置に関する、船舶所有者、船長及び乗組員の注意を喚起することを目的としている。本回章は、攻撃の危険を軽減するために踏むべき段階、攻撃に対しとり得る対応、及び、攻撃があった場合に、それが成功したか未遂に終わったかにかかわらず、関係する沿岸国の当局及び旗国の海事当局に対し報告することの必要性の概要を示したものである。かかる報告は、必要な行動をとることができるよう、できる限り直ちになされなければならない。
2 これらの勧告は、多くの資料の中から抜粋したものである。明らかに矛盾する助言がある場合には、選択した理由を述べている。
海賊の目的
3 船舶のハイジャックや積荷の窃盗に加え、東南アジアにおける海賊の主な標的は、船の金庫の中の現金や乗組員の所持品及びロープを含む持ち出し可能なあらゆる船用品である。南米においては、海賊及び武装襲撃の襲撃の中には薬物に関係しているものもある。コンテナを荒らした形跡があった場合には、船舶が港内に停泊した際に侵入者が侵入し、その後獲物をもって立ち去ったものと考えられる。このため、出港前の居室の点検確認を行うことが望ましい。
海賊及び武装強盗を引きつける要因の排除
船の金庫内の現金
4 船長室の金庫には、多額の現金があると信じられており、それが襲撃者を引き寄せる。多くの場合それは事実であり、相当の金額が奪われてきている。運航上の必要や乗組員の要望に応えるため、また、為替管理による両替の規制のある国もあるため、船内金の持ち合わせが必要な場合もあり、このことが襲撃者を引きつけるものとして働いている。襲撃者は状況が明らかになるまで船長や乗組員を脅迫するのである。船舶所有者は、船内に多額の現金をおく必要のないような方策を検討すべきである。国による為替管理の規制が船内に現金をおく理由となっているとすれば、この問題は、海賊及び武装強盗による襲撃をなくすための国際的な取り組みの一つとしてより柔軟な対応を促すよう要請するべきか否かという、船舶の旗国の海事当局の判断に帰結する。
船長及び乗組員の判断
5 船長は、襲撃者が船舶と陸上との間の通信を傍受し、及び傍受した情報を目標を定めるために利用する可能性のあることに留意する。したがって、海賊の発生しているにおいては、無線により貨物その他の船用品に関する情報を送信する場合には、十分注意すべきである。
6 襲撃の発生している地域の港において上陸する乗組員は、航海又は積荷について、特に船舶の業務と関係のない者に話すべきではない。
船員の減員
7 今日の船舶の乗組員数の削減も襲撃者を助長している。少人数の乗組員で、輻輳海域又は制限海域を航行する船舶の航行の安全を確保しなければならない上に、長時間高いレベルの安全確認を維持するというやっかいな作業が付加されることとなる。船舶所有者は、船舶が海賊の発生海域において航行中又は港外に錨泊中には、見張りを増員することが望ましい。船舶所有者は、乗組員を支援し、船舶を守るために、適当な監視装置を装備するよう配慮することが望ましい。
推奨された訓練
8 以下に概説する勧告により実施すべき事項は、事件の報告、商業団体により発表されている助言及び船舶の安全を高めるために策定された方策を基に作成されている。勧告が対象とし、又は適用される範囲は、もっぱら襲撃の発生する地域内で運航している船舶の船主及び船長に関する事項である。海運業界は、他の既存の勧告による助言も利用する。
9 勧告による行動は、海賊及び武装強盗の発生海域の航行に伴う局面毎に分けられている。この局面は、主な段階を、海賊及び武装強盗でない状況、海賊及び武装強盗と疑わしい状況及び海賊及び武装強盗と確認された状況に分けている。いずれの状況にあるかによって、何を実施し何を実施しないかが決定される。
海賊及び武装強盗の事前の措置船内保安計画
10 襲撃発生海域内でを運航することが予想される全ての船舶は、海賊及び武装強盗に関する船内保安計画を備えるべきである。海賊対応計画は、遭遇する可能性のある危険、乗組員の役割、能力及び訓練、船内に安全な区画を確保する能力並びに船内に備えられている監視装置について明らかにしておかなければならない。この計画には、特に次のことが含まれる。
1)監視の強化及び照明の使用、監視及び探知のための設備の必要性、

2)襲撃のおそれが認められ、又は襲撃が発生した場合の乗組員の対応

3)実施すべき無線警報の手続

4)襲撃又は襲撃未遂の後に行うべき報告

船内保安計画は、船長及び乗組員が海賊及び武装強盗による襲撃に伴う危険を十分に認識することを担保するものでなければならない。特に、船員が襲撃に対し過激な対応をとったときに発生する危険について記載されなければならない。一旦襲撃が発生した場合、特に、一旦襲撃者が船舶に乗り込んでしまった場合には、過激な対応は、船舶及び船内にある者に対する危険を著しく増すこととなる。
11 船橋、機関室、操舵室、士官居室及び部員区画に通じる全ての扉は、船内保安計画にしたがって、常時安全に管理下におくとともに、定期的に巡回する。襲撃者に侵入が困難であるとわかるような安全区画を設けるよう努める。
12 事件への対応は、十分に計画され、訓練されること、及びその関係者ができる限り船舶の状況に精通していることが重要である。したがって、海賊及び船舶に対する武装強盗行為への対応に関する公安当局の責任者は、外海か港内かにかかわらず、最も遭遇しそうな船種の一般配置及び特徴について訓練されるべきであり、船舶所有者は、必要な習熟のために船舶と接触する機会を準備することにより公安機関との協力を促進すべきである。
航路設定及び錨泊の延期
13 船舶は、可能な限り襲撃が発生している地域から離して航路を設定すべきであり、特に、狭水道を避けるべきである。錨泊中の船舶に対する襲撃の発生している港に入港しようとする場合には、船舶は港外に錨泊することや、速力を減じ又は海岸線から十分に距離をおいて迂回航路をとることにより、錨泊時刻を遅らせ、危険にさらされる時間を短くすることを考慮する。港湾当局との接触は、着岸の優先順位に影響のないことが確保されるべきである。用船契約に当たっては、港で襲撃が発生し、使用可能な岸壁がなかったり、沖荷役が遅れる場合には、当該港への入港を遅らせる場合もあることを考慮する。
船内保安計画の実施訓練
14 襲撃の発生している地域に進入する場合には、船舶の乗組員は、海賊対応計画に定められている手続の訓練を行い、習熟しておく。警報の信号及び手続は、十分に訓練しておく。指示が船舶位置通報制度又は個人の無線により行われることとなっている場合の指示は、使用される言語にあまり堪能でないものにも容易に理解できるものとする。
15 港内で錨泊中又は影響のある海域を航行中において、船内に進入可能な場所及びそのカギ並びに船内の安全区画を全て安全に管理しておくことを完全に担保することは不可能である。乗組員は、船舶に備えられたあらゆる監視設備の使用方法を訓練する。計画と訓練は、襲撃が発生した場合を想定してなされる。襲撃が発生しないと楽観視してはいけない。船舶が警戒しており、訓練された乗組員が船内保安計画を実施していることを襲撃者に明示することは、船舶の襲撃を思いとどまらせるのに役立つ。
錨泊中及び港内における予防措置
16 襲撃の発生している海域においては、港内に停泊中又は錨泊中は、乗船者を制限し、記録し及び管理することが重要である。乗船者の写真をとることは、有効な抑止策であり、襲撃に先立って船内に侵入した襲撃者を特定することに役立つ。フィルムは、その後の襲撃事件を解明するのに必要である。襲撃者は、獲物を選び出すために積荷目録に関する情報を有していることが指摘されていることから、積み荷の種類や配置に関する情報の文書の閲覧を制限するためのあらゆる努力が払われるべきである。
17 出港前には、船内を厳重に点検し、全ての扉及び出入口を安全に管理しておく。このことは、船橋、機関室、操舵室及び他の目の行き届かない区画において重要である。扉及び出入口は、その後も定期的に点検する。船内の非常事態が発生したときに使用する扉及び出入口の管理の計画に当たっては、慎重な配慮が必要である。船舶や乗組員の安全について妥協してはならない。
18 港内や錨地で各船が雇っている警備員は、その当直中、相互に、及び港湾当局と連絡を取るべきである。かかる警備員を調査するのは、警備会社の責任である。警備会社自身は、適当な当局による調査を受ける。
当直及び船内巡視
19 船内巡視の励行は特に重要である。襲撃の最初の兆候は、多くの場合、襲撃者が船橋や船長室に現れるときに認められている。襲撃のおそれを早期に警報することは、音響による警報の実施、他の船舶又は沿岸の当局への緊急連絡、容疑船舶の照射、回避するための操船の実施その他の対応をとる機会を与えることとなる。船舶が襲撃船の接近に気づいたことを示すことは、襲撃者の抑止力となる。
20 船舶が襲撃の発生している海域の中にあり、又はそのような海域に接近する場合には、船橋当直の見張りを二重にする。後部やレーダーの死角に見張りを追加することも検討する。会社は、船橋の見張り要員のために暗視双眼鏡への投資を考慮すべきである。レーダーには、常時要員を配置する。しかし、それでも、感度の低い高速で移動するボートを舶用レーダーで捉えるのは困難である。ヨット用のレーダーを船尾に装備すれば、船舶が航行中に船尾から接近する小型ボートを探知することのできる補助レーダーとなる。錨泊中の船舶が、適切な場所に装備されたヨット用レーダーを使用することは、至近に接近する小型のボートの警戒にも役立つ。
21 航行中の船を追尾していると思われるボートを発見するためには、レーダーと目視による見張りを継続して行うことが特に重要である。しかし、海賊船は、襲撃を開始するときには急速に接近してくる場合がある。自船と併走し、又は追尾する形で同じ針路及び速力で航行していると認められる小型のボートは、襲撃船の疑いがあるもの考える。疑わしいボートを認めたときには、最初のボートは囮で、最初の船に気を取られている間に、2番目のボートから移乗するおそれもあることから、全方向の見張りを継続することが重要である。
22 海賊の発生地域を頻繁に航行する船舶を所有する会社は、夜間の海賊船を発見するレーダー及び目視による監視能力を高めるために、より高性能な視覚・電子機器の購入及び使用を考慮すべきである。それにより、起こり得る襲撃に対する早期の警報を得る可能性が高められる。特に、夜間監視装置の装備、船尾の死角をカバーする補助レーダー、船内テレビ及び有刺鉄線のような物理的設備を設置することを考慮すべきである。切迫した状況においては、殺傷能力のない武器を使用してもよい。赤外線探知及び警報装置も利用できる。
通信手続
23 船長は、襲撃の発生している海域の中にあり、又はそのような海域に接近するときは、適切な資格を有する無線従事者を常時配置することを確保すべきである。
24 襲撃が発生している海域に入る前には、GMDSSの設備が装備されているが、船位情報が電子航行援助施設により自動的に更新されない場合には、手動により一定の間隔で適当な通信機器に船位情報を入力することが強く求められる。船長は、適当な時期の使用に備え、影響のある海域に進入する前にGMDSSのインマルサットCの警報プログラムに入力しておくべきである。(MSC回章第805号)
無線当直及び対応
25 襲撃の発生する海域においては、適当な海岸局及び海軍当局との間の無線を常時当直する。この当直は、全ての遭難及び安全周波数、特にVHF16チャンネル及び2,182kHzについて行う。船舶は、当該海域で放送される全ての海上安全情報を聴取する。インマルサットの高機能グループ呼出システム(EGC)による放送は、通常セイフティNETサービスを使用して行われるものと思われることから、船舶所有者は、襲撃の危険のある地域又はその付近においては、適当なEGC受信機を常時使用可能な状態にすることを担保する。船舶所有者は、この目的のために、例えば緊急でない放送を行うため商業目的に使用されている船舶地球局のような受信機を備えることを考慮すべきである。
26 国際海事機関(IMO)は、1992年8月に承認されたMSC回章第597号によって、海賊及び武装強盗の襲撃に関する報告を、当該地域を担当する救難調整本部(RCC)に行うべきことを勧告している。MSC回章第597号は、また、政府は、RCCが襲撃に関する報告を適当な公安機関又は海軍当局に伝達することができるようにすべきであることも勧告している。
27 襲撃に発展するような疑わしい行動を認めたときには、船舶は、関係するRCCに連絡することが求められる。船長が、このような移動物体を航行に直接危険を及ぼすおそれがあると判断したときには、適当なRCCに通報するのみならず、付近にある他の船舶に警告を与えるため、全ての無線局あて(CQ)に危険通報を発信する。危険通報は、安全通報として、VHFチャンネル70を使用し、平易な言語で送信する。これらの手続の前には、安全信号を行う。
28 船舶の安全が脅威にさらされていることについて明確な根拠があると船長が判断したには、船長は、直ちに関係するRCC及び、適当であると判断される場合には、VHF16チャンネル、2,182kHz、その他、例えばインマルサット等の適当と思われる他のあらゆる無線通信手段により、全ての無線局あてに危険通報を発信する。これらの全ての通信の前には、全船舶緊急用のVHFチャンネル70又は2,187.5kHzによる「PANPAN」又は「DSC」の呼出しによる適当な緊急信号を行う。緊急信号を行ったにもかかわらず襲撃がなかった場合には、当該船舶は、対応が必要ないとわかった段階で、できる限り速やかに当該通信を取り消す。取り消しの通信は、全ての無線局に対して行なう。
29 襲撃が発生し、船舶又は乗組員が直ちに援助を要請すべき重大かつ切迫した危険のある状況にあると船長が判断した場合、船長は、直ちに、使用可能な全ての無線通信手段を使用して、適当な遭難警報(メーデー、DSC等)に引き続き遭難通信を行わせる。適当なRCCは、通信を受信したことを通報するとともに、交信の設定に努める。遅延時間を最小限にするために、船舶は、船舶地球局を使用するときは、RCCが通常使用している沿岸地球局を使用することとする。
30 船長は、遭難通信が切迫した危険のある場合に限り使用するためのものであること及びこれを緊急の目的以外で使用することは、真に直ちに援助が必要な船舶からの交信に対し十分な注意が払われない結果となるおそれがあることに留意する。その使用に当たっては、将来にわたってその機能を損なうことのないよう、慎重な注意を払わなければならない。遭難通信の発信が必ずしも適当とはいえない場合には、緊急通信を使用する。緊急通信は、遭難通信を除く全ての通信優先する。
標準通信様式
31 appenndix2の船舶の標準通信様式は、全ての海賊及び武装強盗警報の速報及び続報のためのものである。
灯 火
32 船舶は、特に1972年の海上衝突予防規則第20条(b)の規程に留意しつつ、安全航行に支障のない範囲で、使用可能な全ての灯火を点灯する。航行の安全に危険を及ぼすことなく実施することが可能であれば、船首及び舷側の照明も点灯する。他の船舶に錨泊しているとの誤解を与えるおそれがあるため、船舶は、航行中は甲板上の照明を点灯すべきではない。探照灯の広域照射により船の後部区域を照射するのもよい。怪しいと思われる小型船を確認するために、可能であればレーダーを補助的に利用し、発光信号灯を組織的に使用することも可能である。入港中又は錨泊中に、実行可能な範囲において船舶の安全区域の外に実際に乗組員を配置することは、接近する襲撃者が奪うべき獲物を定めることのできる目の届かない死角や甲板上の照明により照射されない部分に有効である。
33 漂泊中の船舶は、法定の航海灯を除き、灯火を消すべきであるとされている。このことは、襲撃者が船舶に接近する場合の手がかりとすべき位置の設定を妨げることとなる。さらに、襲撃者が接近したときに灯火を点灯することは、船舶が襲撃者を発見していることを警告することとなる。しかしながら、商船において継続して全ての灯火を消したままでいることは困難である。突然灯火を点灯することは、襲撃者に対する警告や目くらましとなる。これはまた、暗視装置の機能が一時的を失われるという極めて重大な点での不利を生じることともなる。これらを勘案すると、この方法は推奨できない。
安全区域
34 船橋、機関室、操舵室、士官居室及び部員区画に通じる全ての扉は、船内保安計画にしたがって、常時安全に管理下におくとともに、定期的に巡回する。襲撃者に侵入が困難であるとわかるような安全区画を設けるよう努める。船舶の安全区画には、特別の侵入管理システムを装備することを検討する。このような安全区画に侵入することのできる荷役口昇降口及び舷窓は、確実に閉鎖し、ガラスは、できる限り積層ガラスにする。安全区画の内部の扉のうち、船橋、通信室、機関室及び船長室といった重要区画に直接通じるものは、強度を増し、特別の侵入監視装置及び自動警報を装備すべきである。
35 安全区画又は重要区画への出入りに使用される扉は、事故が発生した場合における安全に特に注意を払う。安全と保安に矛盾が生じるような場合には、いかなる場合においても安全が優先される。とはいうものの、上記の侵入及び脱出経路の保安管理に関する適当な安全規則を定めるべきである。
36 船舶所有者は、船内の安全区画、重要区画の入口に通じる通路及び船橋への主な侵入場所を網羅し、記録する船内テレビを備えることを検討すべきである。
37 襲撃者による乗組員個人の拘束を防止するため(乗組員の拘束及び脅迫は、襲撃者が船内を制圧するための最も一般的な手段の一つである。)、安全区域外での作業を特に命じられていない乗組員は、夜間は安全区域から出るべきではない。やむなく夜間の安全区域外での作業を行う場合にも、常時船橋と連絡をとり、襲撃が発生した場合には直ちに安全区域に戻るための複数の経路を利用する訓練を行っておく。襲撃の際に安全区域に戻ることができないおそれのある乗組員は、事前に一時避難場所を決めておく。
38 船内の安全区域内には、襲撃の際に乗組員が集合し、乗組員の所在地及び人数を船橋に連絡するための集合場所を定める。
警 報
39 襲撃者の接近に対しては、船舶の汽笛を含む警報信号を鳴らす。警報及び応答のサインは、侵入者をひるませる。船内における襲撃者の所在位置を知らせる警告の信号又は放送は、状況を明らかにし、乗組員が安全区域に戻るための最適の経路を選択するのに役立つ。
遭難信号用の火焔の使用
40 船上において火焔の使用が許されるのは、船舶が遭難し、直ちに援助が必要な場合に限られる。船舶が重大かつ切迫した危険があることを示すのではなく、単に他の船舶に警告するために救難信号用の火焔を使用することは、無線による遭難信号(パラ2624参照)の正規でない使用法と同様に、それを正規に使用し対応すべき場合における本来の効果を減じるものとなる。他の船舶対し襲撃の危険を警告するためには、遭難信号用の火焔よりは無線を使用すべきである。遭難信号用の火焔の使用は、襲撃者の行為により船舶に切迫した危険が生じると船長が判断した場合に限られる。
避航操船及び放水の使用
41 船舶の航行上の安全が確保される限りにおいて、船長は、襲撃者が接近したときに、大舵角を取ることにより襲撃者のボートを振り切ることも考慮する。船首波や引き波の作用は、襲撃者を妨害し、又は襲撃者が船舶にポールやカギ付きロープを引っかけるのを困難にする。この種の操船は、例えばマラッカ・シンガポール海峡のように、制限水域、輻輳水域及び陸岸の近くの水域において、また、喫水の関係で航路が制限される船舶によっては行われるべきではない。
42 水ホースの使用も考慮されるべきであるが、回避操船を行っているときには実施は困難である。襲撃者を抑止し、撃退するためには、1平方インチ当たり80ポンド以上の水圧が必要である。襲撃者は噴出する水と格闘しなければならないばかりでなく、放水により襲撃者のボートが浸水し、機関及び通信機器に損害を与えることとなる。ホースを操作する者を防護するためにも、放水訓練のための専用の機材を装備することも考慮する。襲撃の危険が認められたときには、すぐにホースを連結して放水することができるよう、予備の消火ホースを何本か装備しておくことが望ましい。
43 乗組員が全員安全区域に避難するための時間を考慮して、襲撃者を躊躇させ又は襲撃者の乗船を遅らせることに成功したと判断される場合には、避航操船及び放水は、中止しなければならない。急転舵を続けると、船上にある襲撃者は安全に襲撃船に戻れるかどうか不安になり、襲撃者の早期の退船を促すこととなる。しかし、襲撃者が乗組員を捕らえている場合には、この種の対応は、襲撃者の報復につながるおそれがある。したがって、船長が、これらの措置が襲撃者に対し優位に立つ上で有効であり、かつ、船上にある者に対する危険がないとの確信がもてない限り、これらの措置をとるべきではない。襲撃者が既に乗組員を拘束している場合には、これらの措置をとるべきではない。
火 器
44 個人や船舶の防御を目的とした火器の装備や使用は、厳に慎まなければならない。
45 船内における火器の装備は、襲撃者の火器の装備を促すこととなり、既に危険な状況をさらに助長させることとなる。また、いかなる火器を船内に装備しようとも、それは襲撃者にとって格好の目標となる。火器の使用は特殊な訓練と適性を必要とするし、船内に装備する火器に伴う事故の危険は重大である。人を殺した場合には、たとえ当人は自衛措置としてとった行動であると思っていても、裁判において予期せぬ結果となる場合がある。
海賊及び武装強盗の攻撃を察知し、又は攻撃が行われようとしている段階
海賊及び武装強盗容疑船の発見
46 襲撃の兆候の早期発見することが、最初の防衛線である。巡回及び調査を実施していれば、海賊及び武装強盗を早期に発見することができる。この段階で、appenndix2の船舶の標準通信様式を使用し、RCCを通じて最寄りの沿岸国の公安機関に通報する。当該船舶の乗組員は警戒体制をとるとともに、まだ防御配置についていない乗組員は配置につく。回避のための操船及び放水は、準備の段階で詳細にわたって周到に用意しておく。
海賊及び武装強盗が襲撃しようとしていることが明らかになった場合
47 沿岸国の公安機関と接触していないときには、連絡の設定に努める。乗組員は準備体制を整え、地域的規則で襲撃を受けている船舶がそうすることを認められている場合には、付近の船舶に襲撃が発生しようとしていることを警告するために音響と光の信号を併用する。航行条件が許す限り、回避操船を続行し、最大速力を維持する。
海賊及び武装強盗船の接近又は接舷
48 乗込み場所へ放水し続ける。これにより、船舶の乗組員が無用の危険にさらされることなく、引っかけられたカギ付きロープやフックを、はずすことができる場合もある。
海賊及び武装強盗の移乗開始
49 この段階は、危険であるので、海賊の移乗が避けられないことが判明したら直ちに全ての乗組員は安全な場所に避難しなければならない。
海賊及び武装強盗の襲撃
50 第一の防衛線は、襲撃の蓋然性を早期に発見すること、第二は襲撃者の実際の移乗を防ぐことである。しかし、襲撃者は船舶への移乗に成功することが多い。海賊及び武装強盗の多くは、襲撃し易い標的を探し求めるご都合主義者であり、特に乗組員が襲撃者の乗船に気づき、警報を鳴らしている場合には、時間的余裕もない。しかしながら、襲撃者は、盗みや暴行をエスカレートさせることにより、直面する時間のプレッシャーを補うこととなる。

襲撃者が乗り込んできた場合の、船長及び乗組員の行動の目的は、次のとおりである。

1)船内にある者の安全を最優先とすること

2)船舶の運航要員を確保するよう努めること

3)できる限り早期に襲撃者を船内から立ち去らせること

51 船長及び乗組員がとることのできる選択肢は、襲撃者が、船長及び乗組員に彼らの要求を受け入れさせるために、例えば船橋や機関室の制圧、乗組員を脅迫するための拘束によって、船舶をどの程度制圧しているかによって異なる。しかしながら、たとえ全ての乗組員が安全区域に避難している場合でも、船長は、例えばタンカーや化学物質運搬船上での火炎弾の使用など、襲撃者が安全区域の外で引き起こす原因により生じる船舶の危険にも常に注意しなければならない。
52 全ての乗組員が安全区域内にあって、船長が、襲撃者が侵入し、又は安全区域外における襲撃者の行為によっては船舶が切迫した危険に陥ることはないと確信する場合には、襲撃者がボートに戻るように仕向けるような操船をすることも考慮する。
53 十分に組織された乗組員による反撃が、過去に襲撃者を船舶から立ち去らせることに成功した例もあるが、この方法は、乗組員に対する危険がないことが保証される場合に限り適切である。この種の措置を試みるに当たって、船長は、襲撃者の船内における位置、火器その他の殺傷能力のある武器の所持の有無及び、襲撃者以外の者を含む襲撃船の乗組員の数を正確に知っておく必要がある。反撃隊が水ホースを使用する場合には、成功の可能性を増すよう努める。その目的は、襲撃者を彼らのボートに戻るよう仕向けることである。乗組員は、襲撃者とボートとの間に位置したり、襲撃者を捕らえようとしてするべきではない。そうすることは、襲撃者の抵抗をあおることとなり、逆に反撃隊の隊員に対する危険を増すこととなるからである。一旦安全区域の外に出たら、反撃隊は常に団体で行動する。個別の襲撃者を乗組員が単独で追跡することは、興味あるものではあるが、その結果乗組員が孤立し襲撃者に捕らえられれば、襲撃者が優位に立つこととなる。反撃隊は、団体で行動し、常時船橋と連絡を取れるようにするとともに、安全区域への退路の確保が危うくなったときには、安全区域に呼び戻すべきである。
54 乗組員が襲撃者を捕らえた場合には、確実に拘束し、厳重に見張りを行う。捕らえた襲撃者は、できる限り速やかに沿岸国の公安機関の担当官に引致する。この行動に関係するあらゆる証拠は、引致の際に当該当局に引き渡す。
海賊及び武装強盗が船内の支配を開始し、及び1名又はそれ以上の乗組員を拘束する場合
55 襲撃者が機関室又は船橋を支配し、乗組員を拘束し、又は船舶の安全に対する切迫した脅威が生じるおそれがある場合には、船長又は当直士官は冷静になって、可能であれば襲撃者と交渉し、乗組員による船舶の運航の保持、捕らえられている全ての人質の安全な返還及び襲撃者の速やかな退船に努める。
56 襲撃者が船舶の一部を支配する状況となった場合には、乗組員は、それが安全であることが確認されれば、船内テレビの記録を作動させたままにしておく。
57 全ての乗組員が閉じこめられる事態も発生していることから、乗組員が拘束されることの予想される区画に、脱出するための設備を隠しておくことも考慮する。
海賊及び武装強盗が金品その他を奪った場合
58 この段階においては、海賊及び武装強盗に、要求が全て満たされていると信じさせることが重要であり、何も隠しているものはないと固く信じさせることが、海賊の退船を促すこととなる。
海賊及び武装強盗の退船の開始
59 乗組員が安全な場所にある場合には、海賊が去ったことが確認できるまでは、その場所を動くことは得策ではない。
海賊及び武装強盗が退船した場合
60 予め定められた船内のサイレンによる信号により、「全てよし」を周知する。
襲撃後の措置及び事件の通報
61 船舶及び乗組員の安全が確保されたら直ちに襲撃後の通報(appendix2の船舶通報様式による追加報告)を関係するRCC並びにRCCを経由して関係沿岸国の公安機関に行う。船舶の要目及び位置に関する情報のほか、乗組員及び船舶の全ての被害、さらに襲撃者が去っていった方向、その正確な人数及び、できれば使用された船舶に関する事項を通報する。乗組員が襲撃者を捕らえている場合には、そのことも一緒に報告する。
62 襲撃により、船内に死亡若しくは重傷者が発生した場合又は船舶に重大な損傷が発生した場合には、直ちに船舶の海事当局にも通報しなければならない。いずれの場合にも、襲撃の通報は船舶の海事当局によるフォローアップを行う際に極めて重要である。
63 船内テレビその他の事件の記録は確実に保管する。損傷し又は略奪を受けた区画は、公安機関による捜査が行われるまでの間、乗組員により確実に現場保存する。襲撃者と接触した乗組員は、そのときの状況、特に、襲撃者を特定するために参考となる人相の特徴について、個別に事情聴取が行われる。持ち去られた私物や船用品の状況(わかる場合にはその通し番号)を全て網羅した詳細な目録も作成される。
64 事件後できる限り速やかに、襲撃の発生した海域の沿岸国(襲撃が公海上で発生した場合には、最寄りの沿岸国)の当局に詳細な報告書を送付する。公安機関の担当官が、乗船し、乗組員からステートメントをとり、及び司法上その他の捜査を行うことについての沿岸国の当局からの要請に応じるよう、しかるべき配慮を払う。船内テレビの記録、写真その他のコピーを提出する。
65 船舶は必要な警戒を行い、及び公安当局が襲撃者を捕らえる可能性を高めるために、全ての襲撃又はその未遂が関係する沿岸国の当局に迅速な通報を確保するために必要な手続を実施すべきである。
66 沿岸国に送付する全ての報告書は、船舶の海事当局にも送付する。その後とられた措置又は実際に生じた問題点を含む当該事件の完全な報告書は、最終的には船舶の海事当局に提出する。海事当局及び旗国の受けた報告は、旗国政府が事件の発生した沿岸国の政府に対してとるあらゆる外交的交渉に使用される。また、この報告書は、IMOへの報告の基礎ともなる。
67 海事当局又は国際機関を通じてのIMOへの報告の様式を、appendix5に示す。実際、最近の襲撃に関する的確な報告の欠如が、国内的及び国際的な的確な対応の可否に直接影響している。報告は、将来の船舶に対する助言の改正にも寄与する。
68 RCC、海岸局及び船舶の旗国の海事当局対する報告は、襲撃が未遂に終わった場合にも行う。
69 MSC回章第597号のIMO勧告によれば、運用されているRCCは、通信上の障害を取り除くことが求められる。
海賊及び武装強盗発生海域を離れる場合
70 海賊及び武装強盗発生海域を離れる場合には、船長は安全上の理由から施錠すべきでない積み荷を解鍵し、ホースを取り外し、並びに通常の当直体制及び灯火に戻すことを確実に行う。
71 海賊及び武装強盗行為の段階及び海賊か否かの判定方法の概要は、appendix3のとおり。
※MSC : IMO海上安全委員会
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