6・4 船舶の安全運航対策

 

6・4・1 船橋設備に関する問題

 

(1)船舶長距離識別追跡システム(LRIT

LRITLong Range Identification and Tracking)とは、衛星通信システム等を用いて、船舶の識別符号や位置情報等を締約国に配信することにより、陸上において遠洋航行中の船舶の動静把握を可能とするシステムである。同システムは、20019月に発生した米国同時多発テロを契機として、国際的な保安対策を構築する必要があるとして米国より提案されたものであり、2002年よりIMOにおいて検討が開始された。しかしながら、締約国の情報入手権限やシステム構成の概念等について締約国の意見の一致を見ないまま現在に至っている。

一方、同システムの早期実現を目指す米国の強い働きかけもあったことから、システムの詳細が決定されないまま、条約改正案の採択時期を20065月のIMO81回海上安全委員会(MSC81)とすることのみが、20055月のMSC80において合意された。

そのため、残された問題を集中的に審議するため、政策的事項については200510月に、技術的事項については20062月にそれぞれ中間会合を開催することとし、さらにコレスポンデンスグループ(CG)において技術的事項を検討することとした。

 

<政策的事項を審議する中間会合の結果概要>

  @SOLAS条約の改正すべき章

    保安目的のみならず、安全・環境への目的拡大を念頭に第V章を改正することが合意された。

A沿岸国としてLRIT情報を入手することができる範囲

    各締約国の主張(カナダ等2,000海里、EU400海里、日本500海里、中国等200海里)に妥協点が見られなかったことから、沿岸国の権利については、条約改正案には盛り込まれず、本件については引き続き検討することとされた。

B寄港国としてLRIT情報を入手することができる範囲

    寄港国は、自国に入港する船舶のLRIT情報を入手する範囲を沿岸からの距離、または入港までの時間で定め、IMOに通報すべきことが合意された。なお、寄港国は、他国の内水にある船舶のLRIT情報は入手することはできないこととされた。

C適用船舶

LRIT情報を送信するための船上通信装置は、SOLAS条約第W章において規定されているGMDSS機器が想定されていることから、同章においてGMDSSが適用される船舶全てを考慮すべきことが合意された。したがって、LRITの適用船舶は、総トン数300トン〜500トンの貨物船にまで拡大されることとなった。

D船上機器の型式承認

    改正すべき章がSOLAS条約第V章とされたことから、他の船上機器と同様に、主管庁による型式承認を行うことが合意された。

 

(2)電子海図情報表示システム(ECDIS

20047月に開催された、IMO50回航行安全小委員会(NAV50)において、より一層の航行安全や環境保全の促進を図るためには、ECDISの利用促進が不可欠であるとの意見が出される一方、問題点として、ECDIS利用時のバックアップとしての紙海図の在り方、利用促進のための搭載義務化なども指摘されたことから、これらについて、ノルウェーを中心とするコレスポンデンスグループ(CG)が詳細を検討し、20056月のNAV51に報告することとなっていた。

しかしながら、事前に公表されたCG報告書では、今後数年間で電子海図(ENC)は十分に整備されるとして、新造船は2010年以降、既存船は段階的に2012年までにECDISの搭載義務化を定めるSOLAS条約規則改正案を提案していることが判明した。

これに対し当協会は、国際海運会議所(ICS)の関連委員会やわが国国内のIMO対応委員会などで、ECDISの有用性は認識しているものの次の事項は未解決であり、現時点における強制化は時期尚早であるとの意見を主張した。

@CGが提案する搭載期限までにENCが十分整備されているという客観的な根拠はどこにもないこと。

A電子海図上に表示される自船位置は、全地球測位システム(GPS)からの情報のみであり、バックアップシステムが確保されていないこと。

その結果、ICSは当協会意見を全面的に支持することを表明するとともに、日本からもECDIS強制化は時期尚早であるとするコメント文書がIMOへ提出されることとなった。

 

NAV51の審議結果概要>

  全体会議における最初の審議では、ECDIS搭載義務化を全面的に支持する国や、搭載義務化にあたっては客観的な指標を用いた費用対効果の検証が必要であるとする国、また、日本のコメントを支持する国など様々な意見が出されたものの、審議の結果、現在のENC刊行状況に鑑みて、義務化の議論については行なわないこととされ、作業グループへ検討事項が指示された。

しかしながら、全体会議に報告された同グループの検討結果には、搭載義務化のための規則改正案が含まれていたことから、当初の指示事項に反するとして当該部分の削除を要請する国と、作業グループは義務化についてではなく、その可能性について議論しただけであるとして同報告書を支持する国とに議場は二分され、議論は大いに紛糾した。

最終的には議長提案により、NAVとしての最終報告書には両者の意見を併記しつつ、作業グループ報告書に載せられた搭載義務化に関する規則改正案は、NAVでの未承認事項として削除することで各国合意し、作業グループ報告書は承認された。

主な承認事項は以下のとおり。

  @高速船へのECDIS搭載義務化のための規則改正案

  A一般貨物船について、ECDIS使用による安全性向上と費用対効果を解析するための、適切な総合安全評価(FSAFormal Safety Assessment)の実施

  BECDISの性能要件として勧告されている紙海図の使用について、その定義を明確にするための規則脚注の改正案

 

(3)航海データ記録装置(VDR)性能基準の改正

新造船および旅客船へのVDR搭載は200271日から適用開始となっているが、これまで発生した大多数の海難事故は沈没までには至っていないため、事故原因調査のために利用されるVDR記録データは、船上においてVDR本体から直接抽出される機会が多くなっている。

しかしながら、現行のVDR性能基準は、沈没した船体からカプセルを回収し、それを陸上施設において解析することを前提として規定されているため、データの記録方法や様式等は特に標準化されておらず、また、外部へのデータ取り出しのための接続口を装備しない機種も搭載されていることから、船上でのデータ抽出作業に支障が生じていることが、関係機関より指摘されていた。

20056月に開催されたNAV51における審議の結果、上記機能は事故調査のためには是非とも必要であるとされ、記録データの抽出機能および再生機能をVDR本体に装備することを勧告するサーキュラーを早急に回章することが承認された。

また、同サーキュラーの回章後、ある程度の準備期間を経た上で、新しく搭載されるVDRには、記録データ抽出機能および再生機能に係る改正性能基準を適用することも合意され、新性能基準案が策定されるとともに、20065月開催予定の第81回海上安全委員会(MSC81)へ採択のため報告されることとなった。

 

6・・2  ポートステートコントロール

 

サブスタンダード船排除のためには、国際条約に基づいて旗国がその責任を適切に果たすことが重要であるが、中にはそれが十分に行われていない旗国がある。

このため、この本来旗国が果たすべき役割を補完するため、寄港国の権利として、自国に入港する外国船舶への立入検査・監督(PSCPort State Control)を行うことが国際的に認められている。

このPSCの実効性を高めるため、それぞれの地域において締結されたPSCに関する覚書(MOUMemorandum of Understanding on Port State Control)のもと、各国が協調してPSCを実施する体制が作られており、欧州における「パリMOU」、アジア・太平洋地域における「東京MOU」のほか、6つのMOU(地中海、黒海、インド洋、南米、カリブ海沿岸、西・中央アフリカ)が設立されている。

また、米国はこれらMOUの正式メンバーにはなっていないものの、各地域MOUにオブザーバー参加することで協力体制を築くとともに、独自のPSCを実施している。

2004年におけるパリMOU、東京MOUおよび米国コーストガード(USCG)の活動の概要は以下のとおりである。

 

(1)  パリMOUの活動の概要(http://www.parismou.org/

欧州におけるPSCの標準化、協力体制の強化を目的として、1982年に欧州14カ国で締結された覚書(パリMOU)は、現在20ヶ国(ベルギー、カナダ、クロアチア、デンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、イタリア、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、ロシア、スロベニア、スペイン、スウェーデン、英国)が加盟している。

 

(a)2004年は、パリMOU域内で延べ20,316隻の船舶に対してPSC検査が実施された。このうち1,187隻の船舶が拘留され、検査件数に対する拘留率は5.84%となった。

(b)200471日に発効したISPSコード(船舶および港湾施設の保安に関する国際規則)に関する集中キャンペーンが200471日から3ヶ月間実施された。このキャンペーンにより4,681隻について検船が行われ、72件の拘留があった。

また、次のとおり集中キャンペーンが予定されている。

              GMDSS関連について(200591日〜1130日)

              MARPOL条約附属書T(油による汚染の防止のための規則)関連について(2006年の適当な時期)

              ISMコード関連について(2007年の適当な時期)

(c)20041123日にカナダ・バンクーバーにおいて第2回パリMOU・東京MOU合同閣僚級会議が開催された(下記「2.東京MOUの活動の概要」の項ご参照)。

 

(2)  東京MOUの活動の概要(http://www.tokyo-mou.org/

  アジア・太平洋地域におけるPSCについては、当初11ヶ国で発足した東京MOUが加盟国を増やし、現在18ヶ国(豪州、カナダ、チリ、中国、フィジー、香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、パプアニューギニア、フィリピン、ロシア、シンガポール、タイ、バヌアツ、ベトナム)となっている。

東京MOUでは、PSCに従事する検査官の能力および監査方法の平準化が重要であるとして、PSC検査官を対象とした基礎的な研修を日本において実施している。当協会は、研修カリキュラム中の実船における実習について協力している。

 

(a)2004年の総検査件数は21,400件で、このうち1,393隻の船舶が拘留された。検査件数に対する拘留率は6.51%となった。

(b)200471日に発効したISPSコード(船舶および港湾施設の保安に関する国際規則)に関する集中キャンペーンが200471日から3ヶ月間実施された。このキャンペーンにより5,253隻について検船が行われ、55件の拘留があった。

(c)20041123日、カナダ政府の提唱により、カナダ・バンクーバーにおいて第2回パリMOU・東京MOU合同閣僚級会議が開催された。

同会合は、PSCに関する両地域間の連携の強化をさらに推進することなどにより、サブスタンダード船排除に向けての強い決意を表明することを目的としており、「責任の輪の強化に向けて(Strengthen the Circle of Responsibility)」と題する閣僚宣言が採択された。

同宣言の概要は次のとおりである。

i)サブスタンダード船の廃絶に向けて、次のような具体的行動を協調して行っていくこと

              危険性の高い船舶へのターゲッティングの強化、集中検査キャンペーンの実施等により、域内の船舶をIMO及びILOの基準に適合させるよう両地域におけるPSCを強力に推進すること

              MOU加盟国に対し、できる限り早期に関係条約への加入等を促すこと

              海上安全、海事保安、海洋環境保護に関する条約への加入等の促進に向けてのIMO及びILOの努力を継続して支持していくこと

              IMO加盟国監査スキーム、旗国の自己評価等のIMOイニシアティヴの推進

ii)さらに、サブスタンダード船を廃絶させるためには、PSC検査官と用船者、保険業者等海事関係者との間の協力が不可欠であり、これら関係者により責任の輪(Circle of Responsibility)を形成し、それぞれが責任を果たしていくことが肝要であること

 

(3)米国コーストガード(USCG)の活動の概要(www.uscg.mil/hq/g-m/psc/psc.htm

USCGの活動は、1970年代に外国籍船舶に対して米国海洋汚染防止法および航海安全法に適合していることを確認する目的で検査を行ったことに始まり、1994年にはサブスタンダード船の入港を排除するプログラムを策定した。

また、2001年には「Quality Shipping in the 21st CenturyQUALSHIP 21)」と呼ばれる、優良な船舶を識別し、高品質なオペレーションを促進する制度を確立している。

 

(a)2004年には81ケ国7,241隻が年間72,178回米国に寄港し、それに対してSOLAS(安全)検査が11,054回、ISPSコード(保安)検査が6,087回実施され、このうち176隻の船舶が拘留された。

ISPSコードに関する検査は20047月〜12月に実施されたが、改善命令のあった船舶は92隻に留まり、良好な結果となった。

また、日本籍船は8回のSOLAS検査、3回のISPSコード検査を受けたが、不適格船や改善命令は無かった。