3.5 各国の海運政策

 

351 米国内国歳入法典第833条に関する新規則制定による影響について

20038月に米国内国歳入法第883条(IRC883)に関する規則が新たに制定され、米国源泉の運賃・傭船料について、租税条約、免税協定などに基づく免税措置を受ける場合には、各種情報についての申告・開示義務が必要となった。

同規則が、相当数あると言われる仕組船会社(パナマ等)の(米国へ寄港した場合の米国源泉の)用船料についても適用され、申告開示義務が課されることとなれば、情報の把握・手続き作業など相当量の負担を強いられることとなる。

こうした状況下、9月中旬に中里実東京大学教授からの同規則についての説明会を設け、同教授の助言をいただいた際、規則で申告開示義務や罰則を課すことは違法の疑いがあるかもしれないとされ、米国の法律事務所からも意見(オピニオン作成)を聞いてみてはどうかとの示唆をいただいた。

また、IRC883最終規則に基づく、申告開示義務について、欧州の主要海運国の対応を確認したところ、『IRC883最終規則による申告義務は承知しており、申告自体手数はかかるものの不可能という訳ではない。』『外国子会社は保有しておらず、自社として手続きしているため、一向に問題ない。』などの回答を得た。

その後、中里教授の助言に従い、米国の法律事務所に対し、同規則による申告・開示義務や罰則について法的効力に疑問がある旨のオピニオン作成について打診したところ、当方見解にはある程度同意できるものの、オピニオンは法律事務所にとって極めて責任の重い文書で、訴訟になった場合に敗訴する可能性も充分あるような今回のような場合、安易に作成することはできない旨の連絡を得た。

財務省規則(IRC883)に従い申告するとしている欧州船社の動向や、規則に基づく申告義務や罰則は違法であるとの見解を盾にすることは難しいことなどを勘案すると、同規則の申告・開示義務は避けられそうもない状況となっている。

以上の状況について、国土交通省はじめ財務幹事など関係者との意見交換を鋭意行い、情報の収集に努めるとともに、資料3-5-1-1の通り、本件について、会員周知を行った。

 

3-5-2 EU(欧州連合)         

1. Maritime Safety PackageT・U

199912月に仏沿岸で沈没、重油約14,000トンを流失したErika号事故を受け、欧州連合(EU)は、独自の船舶安全確保策・船舶を起因とする海洋汚染防止策を2000年にMaritime Safety Package Erika Package:以下パッケージ)T及びUとして打ち出した。

 まず20003月に欧州委員会がパッケージTとして、@EUにおけるポート・ステート・コントロール(PSC)を強化する指令、A船級協会の監督強化に関する指令、Bシングルハルタンカーの早期フェーズアウト(段階的排除)計画の3つを発表した。

 このうち、@及びAについては、それぞれ20037月から導入され、BについてはIMOでフェーズアウト前倒しに関する海洋汚染防止条約(MARPOL)の改定が行われ、世界的な枠組みで実施されることとなった。

 続いて同委員会は200012月にパッケージUとして、(a)欧州海上安全庁(EMSA)の設置、(b) 船舶航行監視に関する指令案、(c) EUとしての独自油濁基金構想を提案した。

 (a)については20028月にEMSAが設置され、(b)20052月に指令が発効、欧州域内航行船舶に対する船舶識別装置(AIS)、航海情報記録装置(VDR)の設置の強制化、EU各国に対し避難水域で船舶が事故に遭遇した場合の危機管理計画の策定義務付け等が実施された。(AIS及びVDRについては、EUに先駆けてIMOで海上における人命の安全のための国際条約(SOLAS)対象船舶に設置が強制化されていた)

 一方(c)については、国際油濁補償基金(IOPC Fund)で巨大油濁事故の補償問題に対応すべく20035月に追加基金が設立されたことを受け、EU独自基金の導入は見送られた。

 

2. Maritime Safety PackageV

 200511月、欧州委員会はエリカ号事件及びその後200211月に起きたプレスティージ号事故を踏まえた航行安全確保策・海洋汚染防止策の第三弾として、以下7つの提案から成るパッケージVを発表した。

(1) 旗国要件の適合に関する指令案

- EU各国の旗国責任遵守を徹底すべく、旗国の国際条約適合に関するIMOコードをEU法令に取り込み、各国に強制化。

- IMOの手法を踏まえて旗国監査・評価を実施。

- 非EU国との間で旗国クオリティに係る協定締結を促進させ、締結相手国籍船に対してはPSC緩和措置の導入も検討する。 

 

(2) 船級に関する指令の改訂案

- EU籍船の検査と認証を厳格化すべく、船級に対する共通品質管理制度の導入と船級業務の透明性・連携に関する義務を強化。

- 定められた要件を満たしていない船級に対する罰則制度の改正(罰金導入も含む)。

- 欧州委の査察権限(乗船及び本船資料閲覧権限等)の強化。査察権限強化の対象には欧州域内に入港する非EU籍船も含む。

 

(3) PSC指令の改訂案

- 本船の保険証書保持義務付け、safety questionを課す等追加規制の導入。

- 本船欠陥早期発見の観点から、水先人の役割を強化。

- 改訂指令案の要件に対応できるようEU各国に対して体制整備を要求。

- サブスタ船に対する罰則を強化。

- PSC検査実施率の向上。

 

(4) 航行監視に関する指令の改訂案

- EU各国の避難水域設定作業に対し、明確な法的枠組みを与えることを目的とした改訂。

- 航行安全徹底のため、15m以上の漁船にAISの搭載を義務付け。

 

(5) 事故調査に関する指令案

- 事故原因追求のための技術的調査について、EUレベルでのガイドライン導入を提案。

- 同調査に係るEU国間/EU国−非EU国の協力促進策にも言及。

 

(6) 海難事故時の乗客の損害に対する責任・補償に係る規則案

- 2002年アテネ条約のEU法令への導入と、同条約内容のEU各国内交通への適用拡大を目的。(EU域内に入港する非EU籍船も適用対象)

 

(7) 船主の民事責任及び金銭的保証に係る指令案

- EU各国に対し、1996海事債権についての責任の制限に関する条約(96LLMC)の早期批准を要請。

- 国際的レベル(IMO)で船主責任制限基準の見直しに向けた条約改正交渉に着手できる負託を欧州委に与えるよう提案。

- 96LLMC非締約国籍船が故意/不作為/重過失により(EU水域で)事故を起こした場合は、責任制限を適用しないことを提案。

- 船主に対し96LLMC責任限度額の2倍の金銭的保証を保持することを義務付け。これはEU水域に入る全船舶(EU籍に限らない)に適用。

- 遺棄船員に対する金銭的保証の保持を船主に義務付けることを提案。

- 保険者または金銭上の保証者に対する直接請求の導入を提案。

 

上記7つの提案は、2006年に入り、欧州理事会及び欧州議会でそれぞれ審議が開始された。

本件については、当協会はECSA(欧州船主協会)及びICSを通じ審議動向の情報収集に努めるとともに、ICSのメンバーとして業界意見の働きかけに努めることとしている。

 

3. 海事政策に関するグリーン・ペーパー

欧州委員会は、20053月、ボルグ委員(マルタ出身、漁業・海事担当)を議長とするタスクフォース(TF)を立ち上げ、EUにおける今後の海事政策全般に関する検討を開始することを発表した。同TFには、運輸担当のバロ委員をはじめ、企業・産業、環境、地域政策、科学・研究、エネルギーをそれぞれ担当する欧州委員会委員が参加し、広範な海事関係者の意見を聴取した上で、2006年に報告書(グリーン・ペーパー)を発行する予定とされた。

本格的な検討に先立ち、719日、ICS(国際海運会議所)は欧州委員会に海運業界としてのコメントを提出した。コメントでは、海運業は国際的に統一された規則(例:IMOで策定される諸規則)を必要とする国際的産業であり、地域別・国別の規則は国際貿易の円滑な流れを阻害することを指摘した。欧州委がIMOにおいてEU加盟各国に代わって代表権を持とうとしていることに関しては、これがIMOでのEU加盟国専門家による自由な技術的検討を妨げることとなり、IMOの意思決定の質の低下と政治的色彩の強化につながるとして、強い懸念を表明した。また、TFが国連海洋法条約のあり方を検討するのであれば、その結果が海運をはじめ海洋探査権、漁業、防衛などに与える影響を十分勘案した上で慎重に対応する必要があることを強調した。

その後、業界からの意見交換等を経て、0667日、欧州委員会はグリーン・ペーパーを採択した。海運業界にとっての主な重要事項は以下の通り。

 

・海事雇用の促進

- EU域内における船員資格の相互承認実現に向け、既存の法的障壁の解消。

- EU船員の就業能力拡大のため、船員教育・訓練を整備し、国際基準プラスアルファの技能の取得。

- EU各国における船員賃金基準の問題(旗国居住者同様の基準が適用されるべきか)について、EUレベルの更なる検討。

- 船員の適正な生活条件・労働環境確保の上で、EU加盟国によるILO海事統合条約の批准・実施が不可欠。これに関連して、欧州委はEU域内でのILO海事統合条約施行に関する通達を2006年中に発出予定。

・海事関連各分野の相乗効果の向上

- 優良船主を港費・保安検査上で優遇する等の適切なインセンティブ制度の振興。

- 船舶に対する強制保険制度の実施。

- P&Iクラブによるクオリティシッピングへのインセンティブと、サブスタンダード船へのペナルティの導入。

・海事データの管理

- 航行安全/セキュリティの関連情報を域内当局で交換するSafeSeaNetシステムの導入。

・その他

- EU域内における航行安全/保安/環境保護問題に関して同一規則を適用する“Common EU maritime space”構想の導入。また、同構想が国際的な貿易交渉におけるカボタージュの扱いに影響を与えることを示唆。

 - EU船籍の導入可能性の検討。

 - 海事関連国際機関におけるEUのステータス/役割の見直しが必要。2002年の欧州委勧告を踏まえ、共同体としてのIMO加盟問題への対処。

- EEZ(排他的経済水域)及び国際海峡に係るUNCLOS(国連海洋法条約)の内容は、沿岸国が通航船舶に対し管轄権を行使できるよう強化すべき。

-最低限の船舶解撤基準義務化達成とクリーンな解撤施設の確立について、国際的レベルでこれを促進するイニシアティブを支持。

- 旗国と船舶のgenuine rink(真正な関係)についてのIMOの研究結果が示される(IMOは国連総会で要請されている)ことを期待するとともに、早急に本問題に関する結論が出されることを熱望。

- 密輸・密航・テロ行為・環境汚染防止のための船舶臨検に関する域内関連当局連携強化の必要性。

- 海上での海賊/略奪行為防止のため、域内での統一方策の導入。

 

同ペーパーに対し、ECSA(欧州船協)はプレスリリースを発表、同ペーパーがEU海運と港湾の振興に寄与することへの期待を示すとともに、EU海事政策は国際的な動きを勘案して形成される必要性を強調した。

本ペーパーについては、関係者との協議プロセス期間が2007630日までとされており、その後、欧州委では欧州理事会・議会宛の本件通達(communication)の作成に取り掛かるものと見られる。

 

また、本件をはじめEUおよび同加盟国の諸規則・政策が海運業界に与える影響が拡大していることから、当協会はECSA(欧州船協)諸会合に積極的にオブザーバー参加し、情報収集と意見交換を行った他、欧州各国船協や在欧コンサルタントとの情報交換に努めた。