6・5 船舶の安全運航対策

 

 

6・5・1 船橋設備に関する問題

(1)船舶長距離識別追跡システム(LRIT

LRITLong Range Identification and Tracking System)とは、衛星通信を通じて船舶の識別符号や位置情報等を締約国に配信することにより、陸上において遠洋航行中の船舶の動静把握を可能とするシステムである。同システムは、20019月に発生した米国同時多発テロを契機として、国際的な保安対策を構築する必要があるとして米国より提案されたものである。20065月に開催された第81回海上安全委員会(MSC81)において、新たにSOLAS条約第5章に盛り込むことが採択された。この結果、改正条約は200811日に発効し、国際航海に従事する総トン数300トン以上の船舶で、新造船は20081231日以降建造される船舶、既存船は20081231以降の最初の無線検査までにシステムの搭載が要求される。

LRITの通信および情報の配信に関する費用については利用国が負担することとなっており、船社への費用負担は生じない。

利用国の権利を有する国は旗国のほか、船舶が入港する国、船舶が航行する1000海里以内の沿岸国、および救助捜索活動を行う国である。このうち、救助捜索活動を行う国については、費用負担を求められない。

IMOでは、発効日などについて決定されたものの、これらにかかる費用の負担方法、情報を管理するデータセンターおよびデータ交換方法などの詳細が取り決められておらず、さらにコレスポンデンスグループにおいて検討が行われている。

 

(2)電子海図情報表示システム(ECDIS

 @ IMO51回航行安全小委員会(NAV51)における審議

  20056月に開催されたNAV51での審議では、ECDIS搭載義務化を全面的に支持する国や、搭載義務化にあたっては客観的な指標を用いた費用対効果の検証が必要であるとする国など様々な意見が出されたものの、現在のENC刊行状況に鑑みて、義務化の議論については行なわないこととされた。

最終的には議長提案により、作業グループ報告書に載せられた搭載義務化に関する規則改正案は、NAVでの未承認事項として削除することで各国合意し、作業グループ報告書は承認された。

今次会合での主な承認事項は以下のとおり。

  a)高速船へのECDIS搭載義務化のための規則改正案

  b)一般貨物船について、ECDIS使用による安全性向上と費用対効果を解析するための、適切な総合安全評価(FSAFormal Safety Assessment)の実施

  c)ECDISの性能要件として勧告されている紙海図の使用について、その定義を明確にするための規則脚注の改正案

 

A IMO52回航行安全小委員会(NAV52)における審議

20067月に開催されたNAV52において、日本よりECDIS強制化の正当性を検討するため、貨物船の就航航路電子海図(ENC)の整備範囲の状況からFSAを実施した結果を提出した。これによりENCの整備が不十分な航路では費用対効果が現れない場合もあることから、ECDIS搭載の義務化の時期についてENCの整備状況を考慮する必要がある旨、説明したところ、多数の国の支持を得た。本件は、次回会合NAV53において更に検討されることとなった。

 

(3)統合化航海システム(INS)と統合化船橋システム(IBS)の性能基準の見直し

INSとは、航海計器や無線機器の機器同士での情報を統合することにより航行安全を強化し、操船者を援助するものである。

IBSとは、INSのシステムに構成される搭載義務機器と、それ以外の機器も含まれ、機器の性能基準も含む、構成と配置に関する指針である。

 

20056月に開催されたNAV51において、INSの性能基準の見直しと船橋警報管理システムの検討を行う作業部会が発足し、新INS性能基準案の骨格が決定された。

20067月に開催されたNAV52では、INSIBSの設備の性能基準、警報管理、SOLAS条約第515規則の包括的適用基準および基準のモジュール式構造概念に関する提案等について検討し、概略以下がまとめられた。

(a)IBS性能基準の改正は、「船橋設計、航行設備および機器の設計および配置、並びに船橋作業手順」を規定したSOLAS515規則が包括的に適用できること

(b)INSの性能基準には警報管理モジュールを含めること

(c)船上警報の一貫した扱い等を開発する上で設計設備小委員会(DE)との連携を確立すること

また、NAVは本作業の完了目標を2007年とし、次回会合NAV53で引き続き審議されることとなった。

 

 

6・5・2  ポートステートコントロール

サブスタンダード船排除のためには、国際条約に基づいて旗国がその責任を適切に果たすことが重要であるが、中にはそれが十分に行われていない旗国がある。

このため、この本来旗国が果たすべき役割を補完するため、寄港国の権利として、自国に入港する外国船舶への立入検査・監督(PSCPort State Control)を行うことが国際的に認められている。

このPSCの実効性を高めるため、それぞれの地域において締結されたPSCに関する覚書(MOUMemorandum of Understanding on Port State Control)のもと、各国が協調してPSCを実施する体制が作られており、欧州における「パリMOU」、アジア・太平洋地域における「東京MOU」のほか、6つのMOU(地中海、黒海、インド洋、南米、カリブ海沿岸、西・中央アフリカ)が設立されている。

また、米国はこれらMOUの正式メンバーにはなっていないものの、各地域MOUにオブザーバー参加することで協力体制を築くとともに、独自のPSCを実施している。

2005年におけるパリMOU、東京MOUおよび米国コーストガード(USCG)の活動の概要は以下のとおりである。

 

(1)パリMOUの活動の概要(http://www.parismou.org/

欧州におけるPSCの標準化、協力体制の強化を目的として、1982年に欧州14カ国で締結された覚書(パリMOU)は、現在25カ国(ベルギー、カナダ、クロアチア、キプロス、デンマーク、エストニア、フィンランド、フランス、ドイツ、ギリシャ、アイスランド、アイルランド、イタリア、ラトビアリトアニアマルタ、オランダ、ノルウェー、ポーランド、ポルトガル、ロシア、スロベニア、スペイン、スウェーデン、英国)が加盟している。(下線を付した5カ国が前年より増加)

 

@    2005年は、パリMOU域内で延べ21,302隻の船舶に対してPSC検査が実施された。このうち拘留された船舶は994隻となり、検査隻数に対する拘留率は4.67%(前年は5.84%)となった。

A    2005年下半期に実施されたGMDSS(遭難・安全に関する通信システム)に関する集中キャンペーンにより、4,794隻について検船が行われ、29隻の拘留があった(拘留率0.60%)。

また、集中キャンペーンについては、次のとおり実施、もしくは予定されている。

      MARPOL条約附属書T(油による汚染の防止のための規則)関連について(20062月〜4月)(東京MOUと同時実施)

      ISMコード関連について(2007年の適当な時期)(東京MOUUSCGと同時実施)

              SOLAS条約第5章(航行安全)関連について(2008年の適当な時期)

B    2005725日に、PSCの今後の方向性に関して概要次のとおり見解が発表された。

近年のパリMOUによる効果的なPSCが奏効し、ここ数年、拘留船舶が減少してきている。一方、2004年に開催されたパリMOU・東京MOU合同閣僚級会議で採択された閣僚宣言「責任の輪の強化に向けて(Strengthen the Circle of Responsibility)」により、今後は海事産業全体で船舶の安全性を考えていく必要がある。

 

(2)東京MOUの活動の概要(http://www.tokyo-mou.org/

  アジア・太平洋地域におけるPSCについては、当初11カ国で発足した東京MOUが加盟国を増やし、現在18カ国(豪州、カナダ、チリ、中国、フィジー、香港、インドネシア、日本、韓国、マレーシア、ニュージーランド、パプアニューギニア、フィリピン、ロシア、シンガポール、タイ、バヌアツ、ベトナム)となっている。(前年からの増減なし)

東京MOUでは、PSCに従事する検査官の能力および監査方法の平準化が重要であるとして、PSC検査官を対象とした基礎的な研修を日本において実施している。

 

@    2005年の総検査隻数は21,058隻で、このうち拘留された船舶は1,097隻となり、検査隻数に対する拘留率は5.21%(前年は6.51%)となった。

A 200591日から1130日まで、操作要件(*)に関する集中キャンペーンが実施され、5,040隻について検船が行われ、144隻の拘留があった(拘留率2.86%)。

(*) 操作要件:海上人命安全条約(SOLAS条約)等では、船舶の乗組員が船舶の機器・設備等を適切に操作するために必要な知識・能力を有すべきことが規定されている。

 

(3)米国コーストガード(USCG)の活動の概要(www.uscg.mil/hq/g-m/psc/psc.htm

USCGの活動は、1970年代に外国籍船舶に対して米国海洋汚染防止法および航海安全法に適合していることを確認する目的で検査を行ったことに始まり、1994年にはサブスタンダード船の入港を排除するプログラムを策定した。

また、2001年には「Quality Shipping in the 21st CenturyQUALSHIP 21)」と呼ばれる、優良な船舶を識別し、高品質なオペレーションを促進する制度を確立している。

 

@    2005 年には76 カ国7,850隻が年間62,818回米国に寄港し、それに対してSOLAS(安全)検査が10,430回実施された。このうち拘留された船舶は127隻で、検査隻数に対する拘留率は1.61%(前年は2.43%)となった。

また、ISPSコード(保安)に関する検査は9,117回実施されたが、改善命令のあった船舶は51隻に留まり、良好な結果となった。検査隻数に対する改善命令の割合は0.65%(前年は1.51%)であった。

なお、日本籍船は43回のSOLAS検査、39回のISPSコード検査を受け、このうちSOLAS検査により拘留された船舶が1隻あった。