6・7 船舶の建造および保船、機関管理

 

671 新船体構造基準

1.ゴールベース・スタンダードに関する検討

(1)   経緯

現在、各国/船級毎に異なっている船体の構造基準について、今後ある一定の目標を定め、国際的に合意された要件を設定する「目標指向型の新造船構造基準(Goal-Based New Ship Construction StandardsGBS)」に関する検討が国際海事機関(IMO)の長期課題として行われている。

20055月に開催された第80回海上安全委員会(MSC80)までに、同基準の構成を5段階の階層構造とすることが合意され、GBSの「基本原則」、第1階層(目標)、およびタンカーとバルカーを対象とする第2階層(機能要件)の具体的内容が作成された(船協海運年報2005 671参照)。

 

(2) MSC81における審議結果

20065月に開催されたMSC81では、主として第3階層(適合要件の検証)に関する検討が行われ、その枠組みが概要次のとおり合意された。

@ 各船級協会がIMOに対し、協会規則のGBS認証を申請。

A MSCの下に設置された専門家グループがこれを検証する。

B MSCはこの結果を基に審議を行い、第12階層に適合していると判断すれば、同規則はGBSの第4階層(船級規則)として認証される。

今後は、第3階層の具体化を図るとともに、パイロット・プロジェクトにおいて試験的に国際船級協会連合(IACS)の共通構造規則(Common Structural RulesCSR)を検証することによって、GBSに関しこれまで露呈していない不具合を洗い出すことになった。

 また、わが国および欧州諸国は共同で、GBSの開発に関し従来の作業と並行して、Safety Level Approach*)を取り入れることを提案していた。この提案については多くの国から賛同が得られたことから、今後、ドイツおよびスウェーデンをコーディネイターとする書面審議グループ(Correspondence GroupCG)において、同Approachの観点からGBSの検討を行い、次回MSC82にレポートを提出することとなった。

 さらに、わが国がGBSIMOの規則に取り入れるための基本的指針が必要であることを発言したところ、全会一致の支持を得、わが国主体で同指針を作成することになった。

 

*Safety Level Approach:確立や統計に基づいて船舶の許容リスクを明確化し、合理的な安全レベルを設定する方法。例えば、1万年に1回の大波まで想定して船体構造を設計すれば、安全性は高まるものの途方もなく鋼材の厚みは増すことになる。経済性や資源保護の観点からも現実的である安全目標を検討するとともに、これを実現するための要件を策定する必要がある。

 

2.IACSによるCSR策定の動向

(1) 経緯

IACSは、各船級協会によって異なる船体構造部材の寸法(長さ、幅、板厚)などの設計基準を統一するため、タンカーとバルカーを対象としたCSRの策定を行ってきた。この内、タンカーに係る規則についてはABS(米国船級)、LR(英国船級)、DNV(ノルウェー船級)によるJoint Tanker ProjectJTP)が、またバルカーに係る規則についてはNK(日本海事協会)、KR(韓国船級)をはじめとする7船級によるJoint Bulker ProjectJBP)がその開発にあたっており、20054月に両規則の第二次草案が発表された。また、IACSCSR200611日までに採択し、同年41日に発効することを明らかにしていた(船協海運年報2005 671参照)。

 

(2) CSRに関する意見交換会の模様

2005989日、東京において、IACSと当協会/日本造船工業会(造工)との間でCSR策定に関する意見交換会が開催された。

席上、IACSはタンカー/バルカー両規則の調和作業に関する進捗状況、および今後のスケジュールについて説明を行い、「船体梁強度」や「腐食予備厚」等、短期間で調和可能な項目については同年1130日までに完了し、「波浪荷重」や「疲労」等、更なる時間を必要とする項目については、CSR採択後も作業を継続するとした。

一方、造工は、CSRの設計計算プログラムに関するソフトウエアが依然として不完全であるため、最終的な検証を行えないことから、これを早急に改善して造船関係者に配布するよう求めた。これに対し、IACSは、同ソフトは各船級協会によって作成・公表されるため、配布時期については明確にできないが、JTPJBPともに最低1セットのソフトを2005年中に提供することを約束した。

 

(3) CSRにおけるIMO「塗装基準」の取り入れについて

IMOでは、耐用年数15年を想定した「防食塗装の性能基準(塗装基準)」を将来的に海上人命安全条約(SOLAS条約)に取り入れ、バルカーの二重船側部、および全船種のバラストタンク等に適用することが既に合意されており、設計・設備小委員会(DE)において同基準案の詳細な要件に関する検討が行われていた。

国際独立タンカー船主協会(INTERTANKO)等は、CSRの要件として同基準を盛り込むよう、IACSに強く要望していた。これに対しNKは、IMOにおいて未だ検討段階にある基準をCSRに取り入れれば海運・造船業界に混乱を招くことになるとして反対した。このような状況から、IACSは両者の折衷案として、同基準をCSR発効直後には適用しないものの、IMOにおける適用日より前倒しで実施する内容をCSRの最終案に盛り込んだ。通常、SOLAS条約では、新規則の発効日以降に起工する新造船がその適用対象となるが、CSR最終案では、同条約改正案の採択日以降に建造契約が交わされる船舶について同基準を適用することとなった。

 

(4) IACS理事会によるCSR最終案の採択

20051011日にJTPよりタンカー規則最終案が、同年121日にJBPよりバルカー規則最終案が公表され、これらは1213日から15日まで開催された第52IACS理事会において特段の変更無く採択された。この結果、CSR200641日に発効することが正式に決定し、同日以降に建造契約が交される長さ150m以上のタンカー、および長さ90m以上のバルクキャリアに適用されることとなった。また、長期的な調和作業については、今後5年をかけて継続することが合意された。

 

672 バラストタンク等の塗装基準

(1)    これまでの経緯

20052月に開催された国際海事機関(IMO)第48回設計・設備小委員会(DE48)において、バルクキャリアの二重船側部、およびバラストタンクを適用対象とした「防食塗装の性能基準(塗装基準)」に関する審議が開始された。同会合では、塗装の目標耐用年数を15年とすることが合意されたが、詳細な技術要件については書面審議グループ(Correspondence GroupCG)の中で検討を行い、その結果を次回DE49に報告することとなった。また、同年5月に開催された第80回海上安全委員会(MSC80)では、同基準を全船種のバラストタンクとともにボイドスペースにも適用することが合意された(船協海運年報2005 672参照)。

 

(2) DE49における審議模様

@技術的要件について

 20062月に開催されたDE49では、CGにおける検討結果が報告されたが、各国・団体の主張が異なったため意見は集約せず、個々の技術要件に関し不確定な要素が多数残されたままであった。また、ボイドスペースに適用される塗装基準案についてはバラストタンク等と分けて検討することが決定していた。

本会合では、英国を議長とする作業部会(Working GroupWG)が設置され、全船種の専用バラストタンク、およびバルクキャリアの二重船側部を対象とする塗装基準の内容について検討が行なわれた。同WGにおいてもCGと同様、厳格な基準を求める国際独立タンカー船主協会(INTERTANKO)および国際海運会議所(ICS)等を中心とした国際船主団体と、現実的な基準を作成しようとするわが国、中国および韓国等の主要造船国との間で意見が対立し議論は紛糾した。

特に、鋼板の二次表面処理については、INTERTANKOおよびギリシャより「サンドブラスト(*1)によるショッププライマー(*2)の70%除去」が必要であるとの主張に対し、わが国および欧州造船工業会協議会(CESA)はこの要求が過剰であるばかりか合理性に欠けることから、ショッププライマーは残すべきとの意見を表明した。本件については、わが国を中心とする小作業部会において更なる検討を行った結果、事前に性能試験を行い、一定の防食性能が確認されたプライマーであれば除去不要とすることがWGにおいて合意された。

この他、鋼板の下地処理や塗装方法等の詳細について、長時間におよぶ議論が行なわれた結果、大筋の要件が纏められた。この中では、@塗料の性能試験、A塗装前の鋼板下地処理、B塗装施行手順、C溶接箇所の下地処理と再塗装等の要件が規定されているため、従来よりも建造工程・コストが増加することは避けられないこととなったが、船舶の安全性を高めるという目的においてわが国の海運・造船業界が許容できる内容で塗装基準案が作成された。ただし、同会合において合意に至らなかった塗装前の埃の状況、および乾燥塗料膜厚に関する要件については、同年5月に開催されるMSC81において、再度検討を行うこととなった。

 また、バラスト/貨物兼用タンク、およびボイドスペースに適用する基準の内容については、引き続きCGにおいて検討し、この結果をもとに20073月開催予定のDE50において審議を行なうことが合意された。

A塗装基準の適用について

 本基準の適用を全船種のバラストタンクに強制化するためには、海上人命安全条約(SOLAS条約)第II-13-2規則(*3)の改正が必要となる。同条約の改正、ならびに発効に関するスケジュールについてはMSC81において検討することが合意されたが、IMO事務局はMSC81で条約改正案を承認し、同82において採択することを示唆した。

 また、SOLAS条約の改正XII章(*4)が本年71日に発効することに伴い、各国の主官庁は自国籍のバルクキャリアに関し、MSC81で最終化する塗装基準を前倒しで適用してもよいとするMSCサーキュラー案が作成され、同会合に提出されることとなった。これに対しわが国は、本基準の取り入れについては、塗装検査員の確保、および設備や手続きの準備に必要な期間を考慮して慎重に検討すべきことを主張したが、新基準の早期適用を強く要望する多くの団体からは同意を得られなかった。

 

(3) MSC81に先立つわが国の対応

現在、DE49において作成された基準案の要件に対応できる造船所は世界中でもごく僅かである。また、IMO事務局が示した条約改正案の承認・採択スケジュールから予想される新規則発効日(200871日)以降の起工船に新基準が強制適用されることになれば、既に建造契約の済んでいる船舶にまでコスト/工程の増加を伴う大幅な仕様変更を強いられ、海運/造船業界に多大な混乱を生じることが懸念されていた。

このため、わが国はMSC81に向けて、基準の適用対象をSOLAS条約の通例どおり規則の発効日以降に起工する船舶ではなく、同日以降に建造契約が交される船舶とすることを提案した。

また、各国に対しては、造船業界の現状を説明した上で、同基準に合致した塗装を実施するために、造船所が新たな設備を建設する一定の準備期間が必要であることを訴えた。

 

(4) MSC81における審議結果

 今次会合では、まず塗装基準の適用対象について審議が行われた。ギリシャは同基準の早期導入を実現すべく、起工日ベースでの適用を主張したが、多くの国がわが国の提案を支持した。この結果、基準の適用は建造契約日ベースとすることが合意された。しかしながら、適用対象を契約船だけに限定することになると新規則の発効直前に大量の駆け込み発注がなされ、長期間にわたり基準が適用されない船舶が発生することが懸念されることから、これを防止するために引渡しの時期についても条件を定めることとされた。

 また、この他、DE49において決着のつかなかった塗装前の埃、および塗装膜厚等については専門家グループによって検討が行われ、最終的な塗装基準案が作成された(【資料6-7-2】参照)。

 今後、同年12月に開催される次回MSC82において、SOLAS条約第II-13-2規則の改正案が採択される予定である。なお、この場合、前述のとおり200871日に同規則が発効し、同日以降に建造契約が交される船舶より本基準の適用が強制化されることとなる。

 

*1: 圧縮空気とともに金属粉や砂を鋼板に吹き付け、錆または不要な塗料を除去する表面処理方法。大量の粉塵が発生するため専用の屋内施設を必要とする。

*2: 錆止めを目的として鋼材の時点で塗布される一次防錆塗料。わが国ではプライマーを塗布した鋼板を直ちに工作に回すため、一般的にこれを除去せずに本塗装を行なっている。この場合、プライマーを除去するよりも腐食防止の効果は高い。(ただし、屋外に放置され発錆したプライマー鋼板はこれを除去する必要がある。)

*3: 同規則において、タンカーとバルクキャリアを対象にバラストタンクの腐食を防止する方法が定められている。

*4: 同条約第XII章第6.3規則には次のとおり規定されている。

「発効日以降に建造される長さ150m以上のバルクキャリアを適用対象として、バラストタンク、および二重船側部にはIMOによって採択される「塗装基準」に基づいて塗装を行なわなければならない。ただし同基準が条約改正によって強制化されるまでは、各国の主官庁が受け入れ可能な基準を参照する。」