6・7 船舶の建造および保船、機関管理
6・7・1 新船体構造基準
(1)経緯
現在、国際海事機関(IMO)の海上安全委員会(MSC)において、船体の構造基準に一定の目標を定め、国際的に合意された要件を設定する「目標指向型の新造船構造基準(Goal-Based New Ship Construction Standards : GBS)」に関する検討が行われている。
MSCでは、2006年5月に開催されたMSC81までの審議において、同基準の構成を5段階の階層構造とすること、およびGBSの「基本原則」、第1階層(目標)、第2階層(機能要件)、および第3階層(認証手続き:*1)の枠組みについて合意していた。
(2)MSC82(2006年12月)における審議結果
MSC82においては、主として第3階層の内容を具体化することについて審議が行われ、同階層を実際に実施する上での問題点等を検証する“パイロット・プロジェクト”の実施について、概要次のとおり纏められた。また、次回MSC83において、同プロジェクトの検討結果を基に、第3階層を最終化することが目標とされた。
目的:第3階層を確認し、更なる修正点の抽出を行う。
付託事項:
・ 国際船級協会連合(IACS)の共通構造規則(CSR)を試験的に用いて、第3階層のプロセスを実行する。
・ 第3階層の枠組みと今後IMOにおいて形成される専門家グループ(*2)の選出基準を検討する。
成果物:
・ 第3階層のプロセスを実行するための手順
・ 船級協会規則を評価するための情報/資料
・ 船級協会規則が第1階層および第2階層に合致していると判断する際の基準
・ 専門家グループを選出する際の手順/基準
なお、GBSの開発に関する従来のアプローチ(仕様的アプローチ:*3)と並行し、書面審議グループ(Correspondence Group : CG)において検討されていたセイフティーレベルアプローチ(Safety Level Approach:SLA*4) については、概要次のとおり長期作業計画が作成され、引き続きCGにおける検討が行われることとなった。
・ 第1階層を見直すために、船種ごとに現状の安全レベルを決定する。
・ SLAの開発に用いる許容リスクを考慮するとともに、IMOにおける今後のFormal Safety Assessment (FSA) (*5) に関する作業について検討する。
・ タンカー/バルクキャリアを対象とするGBSの階層構造を検討する。
・ SLAを用いて、タンカー/バルクキャリアのGBSにおける第2階層を検討し発展させる。
・ 船体構造、復原性、操縦性、防火措置、人的要因等、異なる分野の安全設計手法からリスクモデルを抽出する。
・ 関連用語の統一を図るとともに、SLAに対するGBSガイドラインを作成する。
(3)MSC83(2007年10月)における審議結果
MSC83においては、MSC82において設置されたパイロットプロジェクトにより作成された第3階層の草案を最終化することについて審議が行われた結果、検証手続きの内容が適切であるかどうか、現時点では判断できないとの認識で一致した。そのため、同プロジェクトの第2フェーズとして、実際にIACSのCSRを用いた予行評価を実施した上で、同階層の最終案を作成することが合意された。また、GBSに関する海上人命安全条約(SOLAS条約)の改正案等については、MSC85(2008年12月)における最終化を目標とすることが確認された。
なお、SLAに基づくGBSの策定については、MSC82において合意された長期作業計画に従い、今後も作業を進めるとともに、リスク解析で必要となるデータの整備方法、解析手段の明確化、およびFSAの利用等に関して、MSC84(2008年5月)までに書面審議グループ(CG)による検討を進めることが合意された。
*1: 第4階層に位置づけられる船級協会の構造規則等が、GBSの第1階層および第2階層に適合しているかどうか検証するためのプロセスを規定するもの
*2: MSCの下に設置され、実際に第3階層に規定されたプロセスを運用するグループ
*3: 経験等に基づいて設計寿命や構造強度を明確化し、合理的な仕様を設定する手法
*4: 確率や統計に基づいて船舶の許容リスクを明確化し、合理的な安全レベルを定量的に設定する手法
*5: リスク評価手法を用いる規則作成手段
6・7・2 バラストタンク等の塗装基準
1.バラストタンク等の塗装性能基準
2005年2月に開催された国際海事機関(IMO)第48回設計・設備小委員会(DE48)において、バラストタンクおよびバルクキャリアの二重船側部を適用対象とした「防食塗装の性能基準(塗装基準)」に関する審議が開始された。その後、2006年12月に開催された第81回海上安全委員会(MSC81)において、全船種のバラストタンクおよびバルクキャリアの二重船側部分を対象とした塗装基準、ならびに当該スペースに同基準の適用を義務付ける海上人命安全条約(SOLAS条約)第II-1章3-2規則の改正案が承認された(船協海運年報2006 6・7・2参照)。
MSC82(2006年12月)においては、同基準案および同改正案について内容の変更無く採択され、2008年7月1日に発効することとなった。新規則の概要は以下のとおりである。
@
発行日:2008年7月1日
A
適用箇所:総トン数500トン以上の船舶のバラストタンク、および全長150m以上のバルクキャリアの二重船側部分
B
適用船舶:以下の何れかに該当する場合
1)
2008年7月1日以降に建造契約が交わされる船舶
2)
(建造契約が無い場合、)2009年1月1日以降に起工する船舶
3)
2012年7月1日以降に引き渡しが行われる船舶
C
塗装基準に関する技術要件
1)
塗料の性能試験
2)
塗装前の鋼板下地処理(油分、塩分、埃等)
3)
塗装施工手順
4)
溶接箇所の下地処理と再塗装
本規則の採択により、現在造船所毎に異なっている塗装手順・品質に一定の基準が導入されるため、低品質の塗装が排除され船舶の安全性が向上することが見込まれる。しかしながら、新造船建造時における工期の延長およびコストの増加が発生すると考えられ、今後、造船所の対応が注目される。
2.ボイドスペースの塗装性能基準
(1)経緯
DE49(2006年2月)において、船舶の構造劣化対策の一環として、油タンカーおよびバルクキャリアのボイドスペース(主に貨物を積載する区画と外板との間に位置する空所を指す)の保護塗装に関する検討が開始され、同会合で設置された書面審議グループ(Correspondence Group : CG)において、DE50(2007年3月)までの間に塗装基準案の策定を行うことが合意された。なお、CGにおける検討においては、ボイドスペースにもバラストランクの塗装基準とほぼ同等の仕様を適用すべきであるとの意見が大半を占めていた。
DE50に先立ち、わが国は、建造後10年を超える油タンカーおよびバルクキャリアのボイドスペースを対象とした、塗装・腐食状態に関する実態調査を行い、バラストタンクに比べ大幅に腐食環境が穏やかなことを示す調査結果を纏め、現実的な塗装性能基準案を提案していた。
(2)DE50における審議結果
DE50においては、ボイドスペースを、@バラストタンクの塗装基準を適用する区画、Aボイドスペースの塗装基準を適用する区画、Bどちらの塗装基準も適用しない区画に三分類することが合意された。また、わが国からの提案に理解が示されたことにより、上述のAの区画に適用するものとして、バラストタンクの塗装性能基準に比べ大幅に低減されたレベルの塗装性能基準案が纏められた。ただし、同塗装基準案のうちスプレー回数については、1回か2回かで合意されなかったため、塗装要件を強制とするか非強制とするかと併せ、MSC83に決定が委ねられた。
(3)MSC83(2007年10月)における審議結果
MSC83においては、ギリシャより、DE50で合意されたボイドスペースの塗装基準案に対し、その内容を強化し早期強制化を求める提案文書が提出された。審議において、同ギリシャ提案を支持する勢力と、わが国をはじめとするDE50の合意事項を支持し非強制要件とすべきとする勢力との間で議論は紛糾したが、後者の勢力が多数を占めたことから、同ギリシャ提案は否決された。また、DE50で合意できていなかったスプレー塗装の最低回数については、「1回」とすることで合意され、同塗装性能基準案【資料6-7-2-1および2ご参照】は非強制のガイドラインとして採択された。
3.油タンカーの貨物タンクに対する防食措置
(1)油タンカーの貨物タンクに防食措置を義務付けるSOLAS条約の改正案について
@ 経緯
MSC82(2006年12月)において、欧州各国および船主団体等より、油タンカーの貨物タンクにおける腐食による構造強度低下を防止する目的で、同タンク内部に防食塗装を義務付けるSOLAS条約の改正案が提出された。これに対し、わが国は、既に日本船主の一部に採用されている耐食鋼の使用を防食塗装の代替措置として採用するよう提案した。審議の結果、防食措置を強制化するSOLAS条約の改正案について、2009年の最終化を目標にDE小委員会において検討を行うこととなった。
A DE50(2007年3月)における審議結果
DE50に先立ち、わが国は、塗装の代替措置として提案している耐食鋼の有効性を示す文書および耐食鋼の性能基準を示す文書をIMOに提出していた。本会合においては、時間的制約から具体的な審議は行われず、DE51までにCGによって、油タンカーの貨物タンクの防食措置に関するSOLAS条約の改正案について検討を行うことが合意された。また、わが国より提出していた耐食に関する取り組みに対し、欧州委員会(EC)等より支持する旨表明された。
B DE51(2008年2月)における審議結果
DE51において、欧州連合(EU)およびギリシャ等は、DEにおける本件の審議期間が2009年までとなっていることに対し、本会合で早急に結論を得るべきである旨主張した。これに対し、DE議長は、MSCの支持に従い、DE52(2009年3月)で最終化する方針を改めて示し、上記主張は却下された。
審議においては、わが国から提案しているSOLAS条約改正案(耐食鋼の使用を認める内容を含む)をたたき台に検討が行われた。国際船級協会連合(IACS)等は、塗装と同等の追加措置は認めるべきであるが、耐食鋼の使用を認めるのは時期尚早との見解を示した。しかしながら、多くの国は、新技術導入に関する条項を盛り込むことに理解を示し、次の内容とするSOLAS条約改正案が作成された。なお、同案は、次回DE52において更に検討される見込みである。
(a) 対象船舶:
5,000DWT以上の原油タンカー(ケミカルタンカーおよび兼用船は対象外)
(b) 防食措置の強制化
(イ)IMOで採択される貨物タンク塗装基準に従い塗装
(ロ)IMOで採択される(a)と同等以上の防食措置
(c) 主管庁は、次の場合、上記Aを免除できる
(イ)塗装の代替措置を試験する場合(耐食鋼を想定)
(ロ)腐食性の低い貨物のみを輸送するために建造された船舶の場合
(2)油タンカーの貨物タンクに対する塗装性能基準について
油タンカーの貨物タンクに対する防食措置の義務付け(SOLAS条約改正案)については、上記(1)のとおりIMOで審議されているが、塗装性能基準(技術要件の詳細)については、IACSと産業界の合同作業部会により、バラストタンクの塗装基準をベースに草案が纏められ、DE51に提出された。
DE51においては、ギリシャ、中国および韓国等より、エッジ部分に対する刷毛塗りの方法、塗装膜厚、強制要件か推奨事項か等について多くの意見が表明されたため、基準案の最終化には至らず、次回DE52において更に審議されることとなった。
4.バラストタンク塗装の保守および修繕に関するガイドライン
2006年12月に採択されたバラストタンク等の塗装性能基準(PSPC)が適用される船舶については、建造時の塗装仕様等を記載した塗装テクニカルファイルを持つことが要求されている。また、就航中の塗装の保守および修繕方法についても、今後IMOで作成するガイドラインに従い、同ファイルに記録することとされている。同ガイドラインについては、DE50において設置されたCGによって、IACSのガイドライン(Recommendation 87)を基に草案が纏められ、DE51に提出されていた。
なお、IACSガイドラインでは、保守(maintenance)と修繕(repair)の具体的な施工方法が区別されていないことから、わが国は、保守と修繕の施工方法は異なるとの考えに基づき、それぞれに対する具体的な施工方法をDE51に提案していた。
本会合においては、議長から、保守と修繕とを分けて考える日本提案が最適であると提案され、同案を叩き台に検討が行われた結果、わが国の案とほぼ同じ内容で合意された。なお、同ガイドライン案は、油タンカーを対象としているIACSガイドラインをベースとしていたことから、一部タンカー以外の船種に適用できない箇所があった。そのため、この点について更に検討するため、DE52まで継続審議されることとなった。
【資料6-7-2-1】
ボイドスペースの塗装基準とバラストタンクの塗装基準の主な違い
項 目 |
ボイドスペース基準 |
バラストタンク基準 |
塗料 |
最低30日の期間が必要な認証試験に合格した塗料 (バラストタンク基準に合格した塗料でも可) |
最低180日の期間が必要な認証試験に合格した塗料 |
鋼材の一次表面処理 |
(バラストタンク基準に同じ) |
(略) |
二次処理 ・鋼材表面処理 |
塗装前に必要と思われる最小の処理 |
欠陥の大部分の処理が必要 |
・エッジ部 |
最低1回は(動力工具で)削る必要あり |
半径2mmのラウンドカット、または(動力工具で)3回削る |
・ショッププライマ(*1) 損傷部 |
ブラスト処理または動力工具仕上げ |
ブラスト処理(*2) |
・船台搭載後の処理 突き合わせ溶接部 |
(バラストタンク基準に同じ) |
動力工具仕上げで可 |
ダメージ部 |
動力工具仕上げで可 |
ブラスト処理が必要な場合あり |
・塩分 |
100mg/m2 以下 |
50mg/m2 以下 |
塗装 膜厚 |
200μm |
320μm |
施工方法 |
熱切断されたエッジ部分および小さな穴のみ刷毛塗り1回、その他の部分はスプレー塗り1回 |
エッジ部分および溶接部は刷毛塗り2回、その他の部分はスプレー塗り2回 |
*1: 錆止めを目的として鋼材の段階で塗布される一次防錆塗料。わが国ではプライマーを塗布した鋼板を直ちに工作に回すため、一般的にこれを除去せずに本塗装を行なっている。この場合、プライマーを除去するよりも腐食防止の効果は高い。(ただし、屋外に放置され発錆したプライマー鋼板は、これを除去する必要がある。)
*2: 圧縮空気とともに金属粉や砂を鋼板に吹き付け、錆または不要な塗料を除去する表面処理方法。大量の粉塵が発生するため専用の屋内施設を必要とする。
【資料6-7-2-2】
<ばら積み貨物船のボイドスペースに対する適用基準>
対象となるボイドスペース |
適用基準 |
二重船側ボイドスペース(150m以下の船舶が対象) |
バラストタンク基準 |
二重底パイプ通路区画 |
ボイドスペース基準 |
コルゲートバクルヘッド(波型隔壁底部)のシェダー・ガセットプレート裏および貨物区域のその他の小区画 |
|
・
閉鎖区画の場合 ・
閉鎖区画でない場合 |
適用除外 ボイドスペース基準 |
ロワースツール |
|
・
閉鎖区画の場合 ・
閉鎖区画でない場合 |
適用除外 ボイドスペース基準 |
アッパースツール |
|
・
閉鎖区画の場合 ・
閉鎖区画でない場合 |
適用除外 ボイドスペース基準 |
トップサイド区画、ホッパー区画および二重底のボイドスペース |
バラストタンク基準 |
注:上下(アッパーおよびロアー)スツールの内部構造の検査要件は別途適用される
<油タンカーのボイドスペースに対する適用基準>
対象となるボイドスペース |
適用基準 |
前方コファダム(船首部と貨物区画を分ける区画) |
ボイドスペース基準 |
貨物区域内のコファダム |
ボイドスペース基準 |
後方コファダム |
ボイドスペース基準 |
二重船側ボイドスペース |
バラストタンク基準 |
トランスデューサ区画 |
適用除外 |
ダクトキール・二重底パイプ通路区画 |
ボイドスペース基準 |
ロワースツール |
ボイドスペース基準 |
アッパースツール |
ボイドスペース基準 |
コルゲートバクルヘッド(波型隔壁)底部のシェダー・ガセットプレート裏および貨物区域のその他の小区画 |
適用除外 |