4.法務保険

 

4・1 国際条約関連

 

411 HNS条約の改正

HNS条約は、危険物質及び有害物質の海上輸送に伴う損害について、船主責任および貨物受取人により形成されるHNS基金の2層による被害者補償を規定しており、HNS基金については貨物別に石油会計、LNG会計、LPG会計および一般会計の別立てで構成されている。同条約は1996年にIMOで採択された後、条約批准促進に向け様々な取組みがなされてきたが発効には至っていなかった。

こうしたなか、200710月に国際油濁補償基金(IOPC基金)総会の下に設置された「HNSフォーカス・グループ」で条約批准の妨げとなっている問題点について検討が行われてきた。

 

【概念図】

HNS基金

独立会計

一般会計

○ 化学物質

○ 固体ばら積み物質 等

(2段階)

石油会計

LNG会計

LPG会計

船主責任

(1段階)

船舶所有者の責任(強制保険)

   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


1.第2HNSフォーカス・グループ

2008623日から27日にかけてロンドンのIMO本部で開催された国際油濁補償基金臨時総会にあわせ、第2HNSフォーカス・グループが開催された。

 

(1) 受取人の定義

20083月の第1回会合において、梱包貨物(Packaged Goods)の最終的な受取人の把握が困難な問題について審議が行われた結果、梱包貨物をHNS基金への拠出貨物から除外し、代わりにバルク貨物受取人が基金への拠出を行う一方で、この追加負担分を減じるために梱包貨物に限り船主責任限度額を引き上げる(引き上げ幅は今後の議論)とする提案が多くの国の支持を得た。

今次会合では、ドイツおよび欧州化学工業連盟(CEFIC)より、バルク貨物受取人が本来関係のない梱包貨物の損害に対し拠出を行うことに異議を唱え、梱包貨物については貨物受取人による基金を無くし、船主責任のみとすることが夫々提案された。

両提案については、関係者による責任分担の原則および2層による補償システムの維持が重要であるとの理由などから殆どの国が反対した結果、提案は採用されなかった。

 

(2) LNG会計への年次拠出

前回会合において、基金拠出者が締約国にいない場合に拠出金が徴収できない問題について審議が行われた結果、他の会計と同様にLNG会計の拠出者を荷揚げ直前の権原者(Title Holder)から受取人に変更する提案が、日本をはじめとするLNG輸入国を中心に強い反対があったものの、問題への現実的な解決策であるとして多くの国の支持を得ていた。

前回の議論を受け今次会合では、日本・イタリア・韓国の3カ国より、妥協的な解決策として、拠出者は従来の条約どおり権原者としつつ、権原者が非締約国に居るため権原者より拠出金が得られない場合には受取人が拠出を行うとすることが提案されたほか、シンガポール、国際LNG輸入者協会(GIIGNL)からも夫々類似の提案があったが、

提案を支持する国と、シンプルかつ実効が容易なことなどを理由に“受取人”を拠出者とすることを支持する国との間で見解が大きく分かれ最後まで両者の溝は埋まらなかった。

審議の結果は、“受取人”を支持する国が幾分多かったことから現行通り維持することが決定されたが、一方で改正を支持する国もかなりの数にのぼったことから、同年10月のIMO法律委員会に向けて、非公式なコレスポンデンス・グループで両者の溝を埋めるべく調整が進められることとなった。

 

(3) その他

HNS物質の定義について、関連する各コード及び条約の改正に伴い、HNS条約でも編集上の改正を行うことが了承された。また、最終規定(署名、批准、受諾、承認及び加入)について、議定書への同意表明に関する法的解釈の対立を回避するための改正が了承された。

なお、今後はHNSフォーカス・グループで検討されたHNS条約改正議定書案を基にIMO法律委員会に審議の場を移し検討が行われることになる。

 

2IMO94回法律委員会での議論

20081020日から24日にかけてロンドンのIMO本部で開催されたIMO94回法律委員会での主な議論は次の通り。

 

(1) 受取人の定義(梱包貨物の取扱い)

梱包貨物の最終的な受取人の把握が困難な問題について、梱包貨物をHNS基金への拠出貨物から除外し、代わりにバルク貨物受取人が基金への拠出を行う一方で、この追加負担分を減じるために梱包貨物に限り船主責任限度額を引き上げるとする規定を維持することが承認された。

船主責任限度額の引き上げは緩やかなものとする見解が大勢であったが、具体的な数字は外交会議で決定されることとなる。なお、ICSも船主と貨物受取人の責任分担の維持を条件に梱包貨物に限り妥協案として船主責任限度額の引き上げを支持した。

 

(2) LNG会計への年次拠出

コンセンサスが得られずにいたLNG会計への年次拠出者については、日本をはじめ12カ国により、“原則は「受取人」とし、受取人と権原者の間での合意があれば「権原者」とする但し合意があるにもかかわらず権原者が拠出を行わない場合は「受取人」が拠出”との提案があり、審議の結果、多数の国が妥協案として提案を支持しテキストを改正することが承認された。

 

(3) 拠出貨物の未報告

条約を批准しても拠出貨物を未報告の国には、報告を行うまでは人損を除き基金の補償を行わないことが大勢の支持を得て承認された。一方で途上国からは、報告義務を果たす能力が十分ではないとして、キャパシティ・ビルディングについてIMOIOPC基金へ協力要請があった。

 

(4) HNS物質の定義

HNS条約の対象物質は他の条約及びコードから引用されているが、96年以降に行われたそれらの改正に伴い、HNS条約上でも同様の変更が承認された。

なお、96年の外交会議において危険性の低い物質(石炭、木材チップ等)は条約の適用除外にすることが合意されていたが、IMDGコードの改正により対象物質に含まれる可能性も含んでいたため、日本からの事前の指摘もあり96年条約採択時のコードと明記することとされた。

 

(5) 外交会議の開催日程

議定書案の審議終了を受け議定書採択の外交会議の開催について検討されたが、2009年の開催を支持する国と、議定書案は更なる検討が必要であり同年の開催は時期尚早とする国とで見解が分かれたが、最終的には2010年の可能な限り早い時期に開催するとしたIMO事務局提案で妥協が図られた。

 

3IMO95回法律委員会での議論

2009330日から43日にかけてロンドンのIMO本部で開催されたIMO94回法律委員会では、前回に引き続き条約改正の外交会議開催に向け、改正議定書テキスト案を中心に審議が行われた結果、同案が承認され20104月に開催予定の外交会議に諮られることで合意された。

本件に係る審議案件としては次の通り。

 

(1) HNS物質の定義

HNS条約の対象物質は個別に列挙するのではなく他の条約及びコードから引用されている。その一つであるBCコード(固体ばら積み貨物の安全実施コード)は非強制の勧告であったが、IMSBCコード(国際海上固体ばら積み貨物コード)として強制化する改正が200811月のIMO海上安全委員会(MSC)で採択されたことから、これに伴いHNS条約での物質の定義もBCコードに変わりIMSBCコードを採用することが合意された。

 

(2) IMDGコードに係るHNS物質の定義

1996年の条約採択の外交会議において危険性の低い物質(石炭、木材チップ等)は条約の適用外とされていた。このためIMDGコード(国際海上危険物規則)の対象外である上記物質が将来の改正により対象物質となる可能性を排除するため、IMDGコードは1996年の条約採択時のものと明記することが合意されていたが、バハマより適切で公正な補償を確保するため、同コードは現在発効しているものとすべきとの提案があった。

同提案に対しては一定の支持があったものの、本件は1996年当時にも対象物質を巡る議論の中で激しい議論が行われた末に妥協が図られたもので、再び議論を行うことは条約の早期発効を目指す上で賢明ではないとの見解が大勢を占め、テキスト案が維持された。

 

412 IMO法律委員会における条約案等の検討

IMO法律委員会では、海事法務に関する条約の策定および改正等について審議が行われている。最近の同委員会における主要議題としては、HNS条約の改正(前述)、船員の死傷及び遺棄に関する責任及び補償、バンカー条約の履行などがあげられる。

HNS条約の改正を除く主要議題の結果は以下のとおり。

 

1IMO94回法律委員会の模様

IMO94回法律委員会が20081020日から24日にかけてロンドンのIMO本部で開催された。

(1) 船員の死傷及び遺棄に関する責任及び補償

20082月及び7月に開催された“船員の死傷および遺棄に関する責任および補償に関するIMO/ILO合同専門会作業部会”の模様について報告があった。

今次会合では、遺棄船員の帰国費用等について船主の金銭的保障の提供を伴うmandatory instrumentの導入を進めることを大多数の国が支持したが、一方で本件はILOで取り扱うべきとの意見も多くみられた。

本件については20093IMO/ILO合同WGが開催され、mandatory instrumentのドラフトテキスト審議が行われる。

(2) 保障証書のシングルモデル様式

20075月の海難残骸物除去に関する条約の外交会議において、海事責任条約の保障証書に関する決議が採択され、これに基づきIMO事務局は各締約国が発行する保障証書の統一モデル様式の作成を要請されていた。

今次会合では具体的な統一モデル案が示され審議が行われたが、法的また実務的な問題点が指摘されたほか、また現時点では対象となる条約が限られていることもあり、早急に進める必要はないとの意見が多く、次回会合に向け非公式なコレスポンデンス・グループを設置して検討していくことで合意した。

(3) 船員の公正な取扱い

 船員の公正な取扱いについて、IMO/ILO事務局が実施した調査結果では船員虐待の事実は無いとの報告があった。

しかしながら議場では、200712月に韓国で発生したHebei Spritis号事故の裁判に絡み、インド人船長及び一等航海士が帰国を許されていないことについて、インド及び中国より早急な帰国を求めるステートメントが出されたほか、多くの国及び業界団体からも韓国の対応に懸念が表明された。

またIMO事務局に対しては、合同作業部会の開催時期について関係者間で意見交換を行うこと、および情報収集を継続することを要請した。

(4) 船舶燃料油による油濁損害事故

日本より、自国で生じた燃料油の油濁事故を引き合いに、バンカー条約及び関連の国際条約で規定する船主責任限度額を超える事故の事例についてIMO事務局に対し情報収集を行うよう提案した。

情報収集については賛同が得られたがIMO事務局では対応が困難なため、IGに対して協力を依頼、IGも関係団体とも連携して対応すると返答した。

 

2IMO95回法律委員会の模様

IMO95回法律委員会が2009330日から43日にかけてロンドンのIMO本部で開催された。

(1) 保証証書の統一モデル様式案

前回会合では、具体的な統一モデル案が示され審議が行われたが、法的また実務的な問題点が指摘され、非公式なコレスポンデンス・グループで検討が行われていた。

今次会合では、オランダより、統一モデル様式は条約改正を企図するものではなく、単に締約国の発給に伴う負担を軽減するもので、証書の相互承認は共通理解により解決できるとの説明があった。これに対して、コストと行政負担の軽減が重要である点は異論がなかったが、一方で条約改正によらずに解決することは困難との認識も示され、審議の結果、現時点で結論を出すのは時期尚早として更に検討を進めることに支持が集まり、新たに委任事項を採択し公式なコレスポンデンス・グループの設置が了承された。

なお、ICSは作業の継続を支持する一方で、総会決議による解決を図るのであれば統一性と確実性を担保するため、全ての締約国が統一モデル様式を受け入れる必要であることを指摘した。

(2) バンカー条約の履行

裸用船された船舶が旗国とは別の旗を掲げる場合、バンカー条約証書の発給を行うのは“裸用船の登録国”又は“旗国”になるのか、夫々の立場で見解が対立したが、審議の結果、圧倒的多数が旗国が証書発給の責任を負うことを支持した。しかしながら、現時点で結論を出すことは困難との意見もあり、コレスポンデンス・グループで問題を再考することなった。また、ICSからは、委員会の結論が出るまでの間は登録国の証書を持つ船舶への影響を考慮しフレキシブルな対応を取るよう締約国に要請した。

その他、CLC条約証書を有するタンカーがバンカー条約証書を重複して保持する必要があるか、LLMCの適用対象ではない海洋掘削設備への適用等を検討するため、新たに委任事項を採択し公式なコレスポンデンス・グループの設置が了承された。

(3) 避難場所

万国海法会(CMI)より、援助を求めている船舶に避難場所を提供した沿岸国で出費や事故が生じた際の責任と補償について、既存の条約ではカバーできない範囲があるとして、CMIが策定したテキスト案を紹介するとともにIMOで検討することを要請した。

本件は過去にもCMIから提起された問題であったが、2005年の第90回法律委員会において審議の結果、多数の国が条約制定は不要としていることに鑑み、未発効又は審議中の条約が発効してその効果を検証するに十分な時間を経た上で、それでも本件の条約化が必要と判断されたならば改めて検討を行うことが合意されていた。

今次会合でも、一部産業界よりIMOでの検討を支持する意見はあったものの、日本をはじめ殆どの国では依然として新たな条約の必要性には懐疑的であり、審議の結果、過去の合意事項に変更がないことを再確認した。

 

 

413 国際油濁補償問題

国際油濁補償は、タンカーからの油流出等で油濁損害が発生した場合に、船主による民事責任条約(CLC)および油の受取人による国際基金条約(FC)により被害者への賠償・補償を行う制度である。20053月には両条約の責任を超える損害に対する補償を行う追加基金(Supplementary Fund)が発効したほか、20062月にはIGによる自主協定である小型タンカー補償協定(STOPIA)およびタンカー油濁補償協定(TOPIA)がスタートした。

国際油濁補償基金会合は、基金の拠出が伴う損害に関するクレイム処理業務を中心に審議しているが、200510月には、「油の海上輸送のクオリティシッピングを促進するための技術的でない手法に関する作業部会」(第4作業部会)が設置され、技術的側面ではなく経済的側面からクオリティシッピング促進について検討が行われた。

 

1.第5回第4作業部会

2008623日から27日にかけてロンドンのIMO本部で開催された1992年国際油濁補償基金第13回臨時総会等に併せ第5回第4作業部会が開催された。

 作業部会議長はこれまでの活動を総括したレポートに言及し、これまでの4回にわたる会合で、CLC証書発行における共通基準、保険者間の情報共有と法律の壁、クオリティシッピング推進のための産業界関係者間の協調関係の改善、について検討を重ねた結果、IOPC基金総会から作業部会に委託された事項について十分に探究がなされたと結論づけ、これをもって作業部会の活動を終えることを勧告した。同勧告には各国からも支持が表明されたことから作業部会の終了が決定した。

 

 

414 ロッテルダム・ルール

国際海上物品運送法の分野では、ヘーグ・ルール、ヘーグ・ヴィスビー・ルール、ハンブルグ・ルールなどが並存しており、更に米国が独自の国内法改正の検討を行うほか、何らかの形で複数の条約の要素を取り込んだ国内法を制定する国が現れるなど、細分化と多様化の方向にあった。また、従来の条約が扱ってきたのは現代の国際物流の一部の側面だけであり、例えば、door to doorの運送をカバーしていない、船荷証券以外の運送書類について規律していない、国際物品運送の電子化に対応していない等、対応できない領域があることが指摘されていた。

こうしたなか、国際海上物品運送に関する国際規則の統一、実務と法の見直しなどの問題に対処するため、1996年よりUNCITRAL(国連国際商取引法委員会)を中心に新たな国際規則の検討が開始され、長きに亘る審議の末、20081月にUNCITRAL3作業部会(WGV)で「全部または一部が海上運送である国際物品運送契約に関する条約案(Draft Convention on Contracts for the International Carriage of Goods Wholly or Partly by Sea)」を承認した。これにより本条約案は20086月のUNCITRAL総会及び同年12月の国連総会に諮られることとなった。

なお、これらUNCITRALでの審議に対応するため、国内では、学識経験者、法務省、国土交通省、および船社・フォワーダ−・保険会社等産業界をメンバーとして、日本海法会に設置された運送法小委員会で検討が行われ、当協会もオブザーバーとして参加するとともに、各会合への対処方針について国交省を通じて船主意見の反映に努めてきた。

 

1UNCITRAL総会及び国連総会

UNCITRAL総会が2008616日から73日にかけてニューヨークで開催された。会合全体のうち題記審議に費やされたのは16日から9日間で、約50カ国の政府代表およびICSBIMCOIGをはじめとする海運業界団体等が出席し、審議結果に基づく修正を加えた上でUNCITRALとして条約案の最終テキストが採択され、その後、1212日の国連総会においても採択された。

今後は2009920日から23日にかけてロッテルダムで開催される署名式典を皮切りに各国の批准手続きが開始されることとなっている。また、新条約は開催地の名を取り“ロッテルダム・ルール”と称されることになる。

 

2.ロッテルダム・ルールの特徴

 ロッテルダム・ルールの顕著な特徴としては次の点が挙げられる。

・従来の条約が扱っていなかった事項を多数規律(全96条、ヘーグ・ヴィスビー・ルールは全17条、ハンブルグ・ルールは全34条)

・従来の条約以降の新しい動きに対応した事項について規律(電子商取引等)

・条約の運送区間、適用範囲が拡張(door to doorに適用、船荷証券に限らず運送契約一般に適用、荷役業者等の海上履行当事者にも適用等)

・運送人・荷主間のリスク配分の大幅な変更

・特定の運送契約について契約の自由の原則を少なからず取り入れ、強行法規性に対する例外を設定(数量契約についての特則)