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海運雑学ゼミナール
085 東シナ海を丸木舟で渡った縄文人の驚異的な航海術
 日本の縄文文化が、きわめて海と関わりの深い文化だったことは、各地で多くの貝塚が発見されていることからも想像がつく。貝の採取から釣り針、モリなどによる漁労は、海辺に定住した縄文人たちの生活の中心だった。漁労といっても、使う舟はもちろん丸木舟。縄文後期のもので、全長5〜6メートル、幅0.5メートル程度のものだ。
 ところが、こんな貧弱な舟で、縄文人たちは、日本周辺の島々や朝鮮半島までも渡っていたようで、伊豆諸島の神津島産の黒曜石が関東各地の遺跡から発見されたり、韓国の遺跡から縄文時代の土器が発見されたりしている。
 波高い外洋を、木の葉のような丸木舟でどんなふうに航海したのか。食糧や水は、方位や位置の測定は、と考えると興味はつきない。自然とともに生きていた彼らには、おそらく現代人には想像もつかない勘や生存本能のようなものが備わっていたのだろう。
 今、もし丸木舟で東シナ海を渡るといえば、スリリングなアドベンチャーとしてテレビや新聞が放ってはおかないだろう。1本の木をくり貫いただけのもっとも原始的な舟と小さな櫂にすべてを託し、広大な海に乗りだした縄文人たちの冒険心には驚くばかりだ
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