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海運雑学ゼミナール
141 「エンデバー」と名付けられた石炭船
 「エンデバー」といえば、日本人の毛利宇宙飛行士が搭乗したスペースシャトルの名前として有名だが、キャプテン・クックが第1次航海に使った船の名前も「エンデバー」だった。
 キャプテン・クックの本名はジェームス・クック。イギリス・ヨークシャーの農家に生まれたが、海にあこがれ、北海の石炭船の航海士として修行を積んだ後、英国海軍に入隊。独学で勉強した数学や天文学、航海術が認められ、やがて士官に昇進した。
 キャプテン・クックが第1次航海に出発したのは、1786年の8月。このときクックが選んだ船は、若いころ扱い慣れた、積載量が368トン、長さ98フィート(約30メートル)、幅29フィート(約9メートル)のずんぐりした石炭船だった。「エンデバー(努力)」と名付けられたこの船は、優雅さよりも、船内の広さと船体の頑丈さが特徴で、当時、装飾としてつけるのが当然とされていた船首像さえなく、フナクイムシにそなえて船体を覆うように薄い木片が釘で打ち付けられていた。
 航海の表向きの目的は、翌年6月に、金星が太陽と地球の間を通過するのをタヒチで観測するためだった。しかしその本当の任務は、タヒチでの観測の後、ギリシャのプトレマイオス以来、幻の大陸として言い伝えられていた南の大陸を発見することだった
 当時、南太平洋の地図は、まだほとんどが空白となっていた。クックは、この航海でニュージーランドを発見し、さらにオーストラリアでの博物学調査やニューギニアの測量など大きな成果を上げ1771年に帰国したが、ついに幻の大陸は見つからなかった。
 その後クックは、さらに第2次、第3次と航海を行い、南極圏や北アメリカ沿岸を探検したが、幻の大陸へは行き着けないままに、1779年2月14日、自らが発見し命名したサンドイッチ諸島(ハワイ諸島)で島民に撲殺され、非業の死を遂げている。
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