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海運雑学ゼミナール
154 石油の登場で終わった鯨たち最大の危難の時代
 18世紀の頃、米国・ニューイングランド沿岸に住む人々にとって、捕鯨は、現在の石油産業に匹敵する一大産業だった。当時の捕鯨の目的は燃料としての鯨油の採取であり、中心となったナンタケットは、捕鯨に携わる150隻もの船舶を擁する世界最大の捕鯨基地だった。
 当初は沿岸でのセミ鯨の捕獲が中心だったが、乱獲によってその頭数は激減し、やがて捕鯨船は遠く西インド諸島から大西洋にまで出かけるようになる。しかしここでも鯨の頭数は急速に減り、ついには太平洋にまで進出するようになった。
 それまで、ほとんど捕鯨が行われていなかった当時の太平洋はまさに鯨の宝庫だった。19世紀半ばには、遠洋捕鯨に対応して船は大型化し、隻数も増えた。その頃、捕鯨の中心基地となっていたニューベッドフォードの住民一人当りの所得は世界一。現代の産油国並みの繁栄ぶりだった。
 しかしいかに広大な太平洋とはいえやがて鯨の数は減り、必要な頭数を捕獲するにはより長期の航海を余儀なくされた。
 ちょうどその頃、鯨油の格好の代替物があらわれた。石油である。それまで井戸堀りの最中に突然吹き出す始末の悪い泥水とみなされていたものが、じつは非常に効率の高い燃料であることに人々が気付いてから、石油が鯨油に代わる新エネルギーとして歴史の舞台に踊り出すまでさしたる時間はかからなかった。19世紀の終わりには海上油井の掘削にも成功し、蒸留技術の進歩によって灯油やガソリンなどさまざまな燃料や潤滑油が原油から取り出されるようになった。
 こうして鯨たちの最大の危難の時代は終わったが、すでに激減してしまった頭数はその後も回復してはいない。海洋資源の管理などという考えがまだ存在しなかった頃の話とはいえ、そのツケは現在まで続いている。
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