日本船主協会

トップページ海運雑学ゼミナール

海運雑学ゼミナール
177 コンテナ船:国際海上物流を一変させたユニークなアイデア
 「必要は発明の母」と言われるが、コンテナ船の登場は、まさにその典型的な一例だ。「発明者」は、個人トラック業者から身を起こし全米有数のトラック運送会社のオーナーとなったマルコム・マクリーン(Malcom P. McLean)。
 第2次大戦後の先進諸国を中心とする急速な経済成長は、貨物量の増大とともに港湾労働者の不足をもたらした。人手不足で荷役作業が遅れ、貨物船の停泊時間は長引く。その結果、多くの船が着岸できずに沖待ちを余儀なくされた。それは当然トラックや鉄道などの陸上輸送機関の効率にも波及する。港湾荷役は、当時、物流の最大のボトルネックだったのである。
 マクリーンは、陸上輸送業者としての経験から、異なる輸送機関の間で輸送単位を共通化することが物流合理化の決め手だと気付いていた。そこで1956年に中古のT2型タンカー(1万6,000重量トン)を購入して改装。これにピギーバックと呼ばれる陸上トレーラーをそのまま積載して荷役時間を大幅に短縮した。ちょうど現在のRORO船に相当する輸送方式だ。
 しかしこの方式では車両部分も同時に輸送するため積載効率が悪い。そこでマクリーンは、トレーラーをシャーシとコンテナに分離し、コンテナ部分だけを効率よく船倉内に固定するための画期的なセルガイド方式を開発した。この新方式による最初のコンテナ船は、1957年10月ニューアーク(ニューヨーク港)からヒューストンへの初航海に成功する。こうして国際貨物輸送の分野に海陸一貫輸送という大変革をもたらした「コンテナ革命」が始まったのである
。  マクリーンは自らのコンテナ船運航会社を海陸一貫輸送を象徴する「シーランド」と命名し、1966年には北大西洋航路に進出。追うようにして欧州や日本の船会社も定期航路にコンテナ船を相次いで就航させ、1970年代には世界の主要航路のコンテナ化がほぼ完了した。
 わずか10年程度でこれほど急激な輸送形態の変化が起こったのは海運史上でも他に例がない。一陸上輸送業者のユニークな視点が世界の物流を一変させてしまったのである。
前のページへ海運雑学ゼミナールタイトル一覧へ次のページへ