日本船主協会

トップページ海運雑学ゼミナール

海運雑学ゼミナール
184 帆船に勝てなかった初期の蒸気船の速力
 帆船が蒸気船にとって代わられた最大の理由は速力にあると思われがちだが、初期の蒸気船は、この点で、当時、快速を誇ったクリッパー型などの高速帆船にはるかに劣っていた。クリッパーの速力に関する正確な記録はあまり残されていないが、航海日誌に記録された1日の航走距離から算出すると、19世紀半ばには最高で20ノットを超す記録がいくつかみられる。
 この頃の蒸気船といえば外輪船が主体で、馬力もせいぜい数百馬力、速力は10〜14ノット程度だった。その上、燃料の石炭を大量に消費するため、燃料スペースが大きくとられる分、貨物スペースが小さくなるなど、帆船と比較して弱点も多かった。
 一方の帆船は、1890年代にほぼ発展の最高段階に達し、鋼製の船体をもつ5,000総トン近い航洋スクーナー(複数の三角帆をもつ高速帆船)も登場した。蒸気船と比べはるかに経済性の高い高速帆船は、19世紀全般を通じて、世界の不定期貨物輸送の主力だった。
 しかし、蒸気船には、帆船にはない大きなメリットがあった。風力や風向に左右されずに、一定の速力で航行できる点だ。季節風に依存せずに運航計画が立てられるため、年間航海数も大幅に増大した。蒸気船による定期航路の実現は、船主にも利用者にも大きな魅力だった。
 スクリュープロペラの採用や4連成機関の登場など技術の進歩も急速に進んだ。やがて蒸気タービンが出現し、蒸気機関の馬力の限界を一気に突破。20世紀初頭には英国の「モレタニア」(3万2,500総トン)やドイツの「ブレーメン」(5万1,656総トン)など数万馬力の機関を搭載した20ノット以上の高速巨船が登場する。
 こうなると、もはや帆船の出番はなく、有史以来綿々と続いた帆船の時代は、皮肉なことに、その技術的黄金期に、まさに終焉を迎えることになるのである。
前のページへ海運雑学ゼミナールタイトル一覧へ次のページへ