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海運雑学ゼミナール

193 無法状態で始まった初期の無線通信

 マルコーニが最初の無線通信に成功したのは1896年。到達距離は、わずか6〜7キロメートルだったが、その後の性能向上は急速で、2年後には105キロメートル離れた海上の船舶との通信に成功し、一挙に実用化に向かった。
 画期的な通信技術としての無線は、陸上よりもむしろ船舶のための通信手段として注目され、1902年には無線装置を搭載した船は70隻に達し、その後も急激に増え続けた。
 その一方で混乱も生じた。この時期、無線に関する国際規約はまだ何もない。いわば無法状態であらゆる周波数が使い放題。通信士同士の雑談が長時間にわたり貴重な周波数帯域を独占することもまれではなく、船舶からの遭難信号や危険信号にも優先権はなかった。
 1912年のタイタニック号の遭難では、事故発生の数時間前、付近を航行中の小型客船が大浮氷原を発見、それを無線で伝えた。しかしタイタニック号の通信士は、乗客のための電報処理に夢中でこの通報を無視。これが歴史上空前の海難事故の一因とされている。
 マルコーニ自身も混乱を生んだ一人だ。商業無線の独占を図った彼は、自社の無線装置を積んだ船には自社の通信士を配置し、他社の装置を使う局との交信を一切禁じたのである。
 こうした混乱を是正すべく1912年にロンドンで開催された第2回無線通信会議では、すべての船舶は、その無線方式のいかんを問わず相互に通信することが義務づけられた。
 さらに1914年にロンドンで採択された最初の「SOLAS条約(海上における人命の安全のための国際条約)」では、50名以上の乗客を乗せた船舶は100海里以上到達できる無線機を積むことや、遭難信号の傍受と受信後の救助活動などが義務づけられた。
 画期的な先端技術も、それを運用するための知恵がなければ無用の長物。無線通信における初期の混乱と、それを是正するための国際ルール確立の過程は、さまざまなハイテクメディアが錯綜する現代社会にとっても、まさに参考にすべき事例といえるだろう。
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