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海運雑学ゼミナール

215 海洋国家日本の目覚めをうながした北太平洋の「ライオンの咆哮」

 冬季に温帯低気圧が台風並みに発達し、強烈な暴風が続く北緯および南緯40〜50度の水域は、古くから「roaring forties(咆哮する40度)」と呼ばれ、船乗りたちに恐れられてきた。「roar」 とはライオンの吠える声からきた擬声語。かつては主に南半球の南緯40度付近を指す言葉だったが、現在は北半球にも拡大して使われており、日本と北米を結ぶ大圏航路がちょうどこの緯度にあたる。
 日本人による初の太平洋横断を成し遂げた咸臨丸が往路にとったのがこの航路で、季節はまさに冬。次々襲いかかる低気圧によって惨澹たる航海を強いられたことは有名な話だ。
 同乗していた米海軍の士官、ブルック大尉とその部下たちの奮闘で、何とか乗り切ったが、自信満々で乗り込んだ日本の士官たちは、船酔いと経験の未熟さから、航海中はほとんど役に立たなかったという。
 彼らはいずれも海軍伝習所出身の幕府きってのエリートだったが、実際には沿岸航海の経験のみ、それも汽力によるものがほとんどで、自力での太平洋横断という試みは無謀以外の何ものでもなかったのだ。
 しかし、ブルックの指導のもと、北太平洋の強烈な嵐の洗礼に鍛えあげられた彼らは、帰路は安全なハワイ経由の航路とはいえ、自力でみごと太平洋横断を果す。
 こうした貴重な経験と、アメリカ滞在中に学んだ造船や航海術に関する豊富な知識をもとに、この時の乗組員の多くは、維新後も日本の海軍や造船技術の発展に大きく貢献した。
 万延元年の冬の北太平洋を吹き荒れた「ライオンの咆哮」が、20世紀に通じる海洋国家日本の目覚めをうながしたのである。
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