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海運雑学ゼミナール

221 カリブの海賊が個性を競ったどくろのマークの海賊旗

 黒地に白い頭蓋骨と交差した2本の大腿骨を描いた海賊旗の絵柄は、冒険小説などでお馴染み。現在も危険を示すシンボルなどにしばしば使われている。
 この特異なデザインを最初に採用したのはフランス人海賊ウィンヌ。彼の旗は、交差した大腿骨の中心に頭蓋骨を置き、その下に脅迫を意味する砂時計を置いていたといわれる。
「ジョリー・ロジャー」と呼ばれるこの海賊旗、基本は同じでもさまざまなバリエーションがあり、地色にしても黒だけではなく血の色を表す赤を用いたものもあった。
 このシンボルを好んで使ったのは、17〜18世紀にかけてカリブ海を中心に活動した「バッカニア(buccaneer)」と呼ばれる海賊たち。
 ほとんどがフランス、イギリス、オランダなどから法を犯して逃亡してきた船乗りたちで、西インド諸島の原住民の食料だった日干し肉(buccaning)を航海中の食料にしたことからこう呼ばれるようになった。
 標的は植民地から銀を積んで帰るスペイン船やスペインの植民地。サー・ヘンリー・モーガン、ステード・ボネット、「黒ひげ」の異名を持つエドワード・ティーチ、「キャリコ・ジャック」として知られたジョン・ラッカムなど歴史に残る大物海賊が相次いで登場した。
 敵前逃亡や仲間の所有物を盗んだ場合は死刑、捕虜にした女性には危害を加えてはならない、戦利品は全員が合意の上で分配するなど、厳格な規律をもって行動し、1701年に起ったスペイン継承戦争では、母国のフランスやイギリスの海軍の一員として戦争に参加するなど、単なる野蛮なアウトローでもなかったようだ。
 彼らが活躍した海賊黄金時代ともいうべき時期は数十年のごく短い間だったが、その貴重な文化遺産(?)としての海賊旗は、現在でも、たぶん世界中で最も有名なシンボルデザインの一つに数えることができるだろう。
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