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海運雑学ゼミナール

223 「公海の自由」は17世紀の天才弁護士が提唱した国際海洋法の基礎

 現在の国際海洋法の基礎となる「公海の自由」の概念を初めて明快に主張したのは、弁護士で、神学者、法・哲学者でもあったオランダのフーゴー・グロティウス(1583〜1645)。11歳でライデン大学に入学、16歳で弁護士となった天才で、自然法の父、国際法の祖とも呼ばれる。
 彼の代表的な著作のひとつ「海洋自由論」が刊行されたのは1609年。きっかけはマラッカ海峡でのオランダ船によるポルトガル商船の拿捕で、これは1494年に締結されたトルデシーリャス条約を根拠に、世界を2分し、独占的な交易権を主張するスペイン、ポルトガルへの新興海運国オランダのあからさまな挑戦だった。
 ポルトガルはこれに抗議し「東インドでの航行・交易は自国の固有の権利」と主張。グロティウスは、オランダ東インド会社の依頼でこの主張に対する弁護書を執筆し、数年後、これに手を加えて刊行されたのが海洋自由論だ。
 その中で彼は「海洋には境界がない。ゆえに誰にも帰属せず、どの国も排他的な権利を主張できない」と明快に宣言した
 オランダはこれを論拠に独占を主張するスペイン、ポルトガルに真っ向から対決し、さらにイギリスとも対立するが、やがて英蘭戦争で大きな痛手を受け、海運国としては、以後、衰退の一途をたどる。
 一方のイギリスは、その後、グロティウスの忠実な支持者に変貌する。強力な海軍力を背景に海上交易の覇権を目指すイギリスにとって、彼の主張はまさに国益にかなうものだった。
 公海の自由の原則はやがて国際的に認知されるが、唯一例外とされたのがいわゆる「領海」。しかしその範囲については様々に意見が分かれ、さらに近年は、海底油田や海底鉱物資源の所有権をめぐる論争が激しくなった。
 そこで新たな海洋秩序の構築を目指して1982年採択されたのが国連海洋法条約。領海や大陸棚、深海底に関する権利・義務を規定し、排他的経済水域の設定も盛り込まれて1994年11月に発効した。
 わが国も、1996年6月20日に条約に加入(批准)するための手続きを行い、国民の祝日になって初めて「海の日」となった同年7月20日に発効した。海洋法新時代の幕が開けるが、隣国との漁業協定の改定や領有権問題など、新たな課題も多い。
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