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海運雑学ゼミナール

230 世界最大級の銀産出国だった「黄金の国ジパング」

 マルコ・ポーロによって「黄金の国」と紹介された日本だが、大航海時代初期のヨーロッパ人の目には「目立った産品もない貧しい国」と映ったらしい。彼らが東方貿易でまず期待したのはマラッカやインドの香料であり、中国の陶磁器や絹製品などだった。
 彼らが日本との交易に注目するようになったのは、日本が実は世界最大級の銀産出国であり、その一方で国内に生糸や絹織物に対する強い需要があることを知ってからだ。
 当時の日本は、身近な貿易の相手国だった明との関係が倭寇の活動によって悪化していた。そこでマカオを拠点に東アジアでの貿易活動を活発化させていたポルトガルが仲介貿易に乗り出す。明から生糸や絹織物を買い付けて日本に運び、その代金として大量の銀を手に入れるこの貿易は、彼らに巨大な利益をもたらした。
 ポルトガルのライバルだったスペインは、南米に大規模な銀山を持ち、そこで産出した銀を元手に中国やインドとの交易を行っていた。スペイン以外の国にとって、これに対抗するうえでも、銀を豊富に産出する日本は貴重な存在だった。当時のアジアでは、金銀、とくに銀が国際通貨の役割を果たしていたからだ。
 17世紀初めの日本の銀輸出高は、世界の産出量の3〜4割にも達した。つまり銀の産出量では、日本は、当時最強の国力を誇ったスペインに十分匹敵する実力を持っていたわけで、もし鎖国政策をとらず、この豊富な銀をバックに積極的に世界貿易に進出していたら、「経済大国日本」の世界史への登場は300年以上早まっていたかもしれない。
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