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海運雑学ゼミナール

236 欧州の王侯貴族を感嘆させた17世紀の花形輸出品「伊万里」

 「伊万里」といえば、江戸時代初期に生まれた日本製磁器の世界的ブランド。佐賀県の有田市で生産されている「有田焼」の別名だが、かつての積出港が伊万里港だったことから、伊万里の名前で国内外に広まった。
 朝鮮から渡来した李参平(のち帰化し初代金ヶ江三兵衛を名乗る)が1616年に磁器の焼成に成功したのが創始と伝えられ、寛永末期(1640年代)にはその技法がほぼ確立。製品は、染付、赤絵のほか、青磁、染錦など多様で、オランダ商人を通じてヨーロッパ諸国にも販路が開拓され、江戸時代を通じ日本を代表する輸出製品の花形だった。
 肥前鍋島藩は、技法の流出と過当競争による品質低下を恐れて藩の専売品とし、積極的にこれを保護した。そのため完成度はいよいよ高まる。とくに初代酒井田柿右衛門が中国の技法を研究して創始した「赤絵」は欧州でも好評で、当時の王侯貴族の熱心なコレクションの対象になり、やがてドイツのマイセンなどでも模倣製品が作られるようになる。
 この頃の日本には、他にこれといった輸出品もなく、生糸や絹織物を中心とする大量の輸入品の代価を、当時の国際通貨の銀で支払っていた。伊万里は、そんな超赤字体質の日本の貿易構造の中で、唯一、世界に認められた一級の工芸品として気を吐いていたのである。
 渡来技術をベースに、藩の保護政策のもとで緻密で華麗な独自のスタイルを完成し、鎖国のハンディを乗り越えて世界に広まった伊万里。外国製品の模倣を出発点に、創意工夫を積み重ね、やがて世界を席巻するに至った戦後日本の輸出産業の先駆的な存在ともいえそうだ。
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