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海運雑学ゼミナール

238 不幸な運命を背負った巨船「グレートイースタン」

 1859年9月、全長219メートル、1万8,915総トンの世界最大の鉄船「グレートイースタン」が英国で就航した。計画段階では「リバイアサン(旧約聖書の巨大な海獣)」と名付けられたこの船は、最大でも3,000総トン級が常識だった当時としては、まさに破天荒な巨船だった。
 巨大化の最大の狙いは航続距離の延長にあった。当時は石炭の補給地が少なく、外国港では価格も高い。出港時に安い国内炭を大量に積めば、途中補給を最小限にでき採算が向上する。そのため船内スペースの大半は石炭庫が占め、優に1万トンを超す石炭が積み込まれた。
 しかしこの船が実際に就航したのは、当初の目的の極東航路ではなく大西洋航路だった。試運転中の機関の爆発事故などで完成に予想以上の期間と費用がかかり、その間に最初の船主が倒産したためだが、大西洋航路ではその長大な航続距離は生かせず、さらに南北戦争で旅客や貨物が減少した時期でもあり、3年半にわずか10回の大西洋往復で最初の使命を終えた。
 あとは解体しかないとみられていたグレートイースタンだったが、意外な方面から再び活躍の機会が訪れる。大西洋での海底電線敷設のためのケーブルシップとしての利用である。
 巨大な船体と長い航続距離は、大量の電線を積み込んで長期の作業をするのに適していた。活躍したのは約9年。その後、再び大西洋航路に復活するが、すでに性能や設備は陳腐化し、最後は劇場やサーカスなどの設備をもつ公開船(exhibition ship)として各地を巡業する羽目になる。
 1889年にはついに解体されるが、船体は極めて頑丈で、その作業は2年以上におよんだ。解体中に二重底の中から建造中に閉じ込められた鋲打ち職人の白骨死体が見つかったため、当時の人々は「グレートイースタンの不幸な生涯の原因はここにあった」と噂したという。
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