日本船主協会

トップページ海運雑学ゼミナール

海運雑学ゼミナール

239 知らない間に作られていた日本周辺の詳細な海図

 正確な測量に基づく日本地図としては、伊能忠敬の実測をもとに1821年に完成された「大日本沿海輿地全図」が有名だが、日本周辺の海図は、これよりはるか以前にすでに製作されていた。
 といっても作ったのは日本人ではない。初めて日本周辺の海図を製作したのはオランダ人のシェンクとフリース。1650年(慶安3年)に刊行されたこの海図は、北海道や樺太が大陸と繋がっているなど怪しい部分もあるが、伊豆諸島から本州東方を経て北海道・樺太まで約50ヵ所の実測による水深が記録されている。
 その後18世紀に入ると、まずフランスやイギリスが、さらに19世紀にはアメリカやスペインが、海軍に水路部を創設し、国家事業としての海図作成に乗り出す。イギリスは18世紀末から日本周辺水域の測量を積極的に行い、1795年から1868年にかけて、日本各地で十数度の測量を実施した。回数は少ないがフランスやロシアも、日本近海で測量を行っており、アメリカもペリー来航の前後に、琉球や小笠原諸島、伊豆諸島、下田などの測量を行った。日本に来航したペリー艦隊も、滞在中に幕府の制止を無視して江戸湾内の測量を強行している。
 こうした測量活動は、開国以後は事前に申し入れが行われるようになったが、それ以前はほとんどが無断だった。欧米列強は、日本人が気づかない間に、日本周辺水域について驚くほど詳細な情報を収集していたわけである。
 こうして測量結果やそれを基に作られた海図は、のちに幕府海軍の測量隊にも提供された。日本の海図づくりは、こうした外国の海図や資料の移植から出発したのである。
前のページへ海運雑学ゼミナールタイトル一覧へ次のページへ