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海運雑学ゼミナール

241 見過ごされた新大陸―オーストラリア

 新大陸アメリカの発見は世界史上最大のドラマの一つに数えられるが、もう一つの新大陸オーストラリアの発見については、ほとんど脚光を浴びることがなかった。その理由は、大航海時代以降、ジェームス・クックに至るまで、オーストラリアはすでに知られていたニューギニアの一部と考えられていたことによる。
 マゼランの最初の太平洋航海以後、多くの航海者が南太平洋の探検を行ったが、その最大の目的は、プトレマイオスの世界地図に描かれ、さらにマルコ・ポーロも豊かな黄金郷として記述した幻の南方大陸を発見することにあった。
 オランダ人のアベル・タスマンは、1642年にタスマニアとニュージーランドを発見するが、その途中で沿岸を周航したオーストラリアにはさほど関心を示さなかった。あくまでニューギニアの陸続きと考えていた上に、その荒涼とした景観は、当時の人々が思い描く南の楽園とは似ても似つかないものだったためだ。
 さらに英国人のウィリアム・ダンピアも1699年から1700年にかけての探検航海の途中でオーストラリア西海岸に上陸するが、やはり、ここが新しい南の大陸だとは考えなかった。オーストラリアが独立した大陸であるとようやく確認されるのは、1768年から1771年にかけたジェームス・クックの第1次航海によってだった。それでも英国はこの新大陸にさほど食指が動かなかったらしく、最初は、現在のニューサウスウェールズの領有を宣言しただけ。まず囚人を入植させ、炭田開発や羊毛生産が軌道に乗った1829年に、やっと大陸全土の領有を宣言した。
 この大陸が一躍脚光を浴びたのは19世紀半ばに起ったゴールドラッシュ。その後も様々な鉱物資源の発見が相次ぐ。エルドラド(黄金郷)としての南方大陸を夢想していた探検者たちがほとんど見過ごしてきたこの新大陸こそ、金、銀はもちろん鉄鉱石、石炭、ボーキサイト、ウラン、鉛、石油、天然ガスまで膨大な地下資源に恵まれたまさに近代の産業社会にとってのエルドラドだったのである。
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