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海運雑学ゼミナール

243 黒船来航を笑い飛ばした江戸庶民のユーモア感覚

 ペリー艦隊の浦賀来航は日本の歴史の大きな転換点だった。その衝撃によって、260年余り続いた幕藩体制は瓦解し、近代化の幕は切って落とされたのだが、この大事件を江戸庶民はどのように見ていたのだろうか。
 当時の瓦版には、ペリーの強硬姿勢に右往左往する幕府の姿を横目に、黒船という最先端の武力を背景に登場した海の彼方からの異形の使節に大いに好奇心を駆りたてられ、乏しい情報ゆえに想像力をたくましくし、この歴史的大事件を存分に楽しんだ江戸庶民のユーモア精神がいかんなく発揮されている。
 まず興味深いのは、当時の瓦版が報じたペリーの肩書と名前だ。例えば「欽差大臣国王使節左丞相海軍水師マツチウセ・ヘルリ提督」あるいは「船大将欽差大臣提督海軍統帥まつちうせぺるり」。よくぞ考えたものだが、これが天狗や鬼のようにおどろおどろしく描かれた肖像に付されているから不思議に違和感がない。
 瓦版の内容も、狂句やアホダラ経、百人一首の作りかえ、駄洒落の類がほとんど。中には米語の早分かりといった記事もあるが「父をオランヘー」、「母をメランヘー」というなどと怪しいものだ。紙に描かれた大砲の先端に火をつけると火薬の筋をたどって反対側に描かれた黒船に火が移り小さな爆音を発する紙玩具も売り出されたが、すぐに発禁になった。
 幕府は、事の一切を庶民には知らせなかった。こうした無知は、往々にしてパニックを生み出すものだが、江戸庶民の場合は、まさに落語の八っあん熊さんの感覚で「太平の眠りをさます」一大イベントを楽しんだようである。

※欽差(きんさ)大臣:特命全権大使のこと。
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