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海運雑学ゼミナール

257 甲板上で乳牛を飼育した客船草創期の食糧事情

 QE2を擁するキュナードラインの創始者、サミュエル・キュナードが19世紀半ばに始めた本格的な大西洋横断定期航路の第1船が「ブリタニア」。しかし当時最新鋭を誇ったこの外輪蒸気船も、船客設備や食事に関しては、現代の客船とは程遠いものだった。
 ブリタニアで大西洋を横断した英国の作家チャールズ・ディケンズによれば「船室は狭く、食堂もお粗末、料理は煮すぎた羊の足や黴臭い果物ばかり」とさんざんな評価だった。
 ブリタニアの総トン数はおよそ1,100トン。これに対し船客定員は115名で、冷蔵設備もなく、まともな生鮮食品も積み込めなかったからディケンズの不満は無理もない。
 そこで少しでもおいしい食事を提供しよう思いついたキュナード社のアイデアが、甲板上に牛小屋を造り、乳牛を飼育するというもの。これなら少なくとも乳製品に関しては、常に新鮮なものが提供できるというわけだ。
 しかしそうした待遇を受けられたのは裕福な一等船客だけで、貧しい移民を中心とした三等船客たちの航海は、さらに悲惨だった。寝床は仮設の蚕棚で、食事は多少の肉や果物が出る昼食以外は、粗末なパンやビスケットにコーヒー、紅茶のみといったもの。
 とはいえ、わずか2週間程度に短縮された蒸気船での大西洋横断は、帆船による船旅に比べ、はるかにましだった。かつては長期の航海と粗悪な食料や水、伝染病などで、航海中に多数の死者が出るのは当たり前だったのである。
 その後、大西洋定期航路では競争が激化し、あのタイタニックを始めクイーンメリーやノルマンディーなど、まさに宮殿のような豪華さを誇る客船が覇を競うようになり、米国の移民制限によって劣悪な三等船室もなくなる。
 船旅に豪華さや快適さのイメージが結びつくようになるのはその時代以降のことである。
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