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海運雑学ゼミナール

262 スペイン人が見つけた16世紀の太平洋大圏航路

 西経46度37分とその裏側を通る東経133度23分の経線で地球を2分割した1494年のトルデシーリャス条約によって、スペインは新大陸の大半と太平洋一帯を支配下に収めたが、残りの半分を手に入れたライバルのポルトガルはアフリカ経由でインド、マラッカ、香料諸島まで達し、東インド貿易で莫大な利益を上げていた。
 これに対抗するスペインにとって太平洋からアジアに達する航路の開拓はまさに悲願だった。しかしメキシコからフィリピン方面まで達することはできても、帰るための航路がなかなか発見できなかった。
 ついにこれを打開したのが、1565年にフィリピンのセブ島に達した遠征隊。マニラに植民地を建設するかたわら、一部隊員に太平洋を北上させ、ついに北回りの帰還航路を発見した。
 その航路とは、夏の季節風を利用して日本の沿岸まで北上し、さらに黒潮に乗って高緯度に達し、そこから偏西風を受けて東に向かうもの。北米沿岸に達すると、あとはカリフォルニア海流に乗って容易にメキシコのアカプルコに到着することができた。風や潮流をうまく利用するとともに、いわゆる大圏航路に相当し、アジアと新大陸を結ぶ最短航路でもあった。
 このルートは、その後2世紀半に渡って、スペインの東インド貿易のいわば定期航路として機能し続ける。現代の北米定期航路そのものともいえるこの経済的なルートの開拓で、マゼランが苦難の果てに発見したマゼラン海峡経由の航路は、大航海時代を通じ、ほとんど利用されることもなく終わってしまったのである。
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