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海運雑学ゼミナール

268 スエズ運河:運河の開通で終焉を迎えたティークリッパーの全盛時代

 本格的な外洋型蒸気船の歴史は1838年に大西洋横断に成功した「グレートウェスタン」と「シリウス」に始まるが、その後も長期にわたって、世界の海上輸送の大半は帆船によって行われていた。蒸気機関も初期の段階では十分な馬力が出ず、燃料の石炭も大量に消費したため、喜望峰回りの極東航路のような長距離航路では、高速を誇るクリッパー型帆船に太刀打ちできなかった。
 とくに大きな問題は燃料の補給で、こうした長い航路に蒸気船を就航させるには、途中の寄港地に補給基地を設け、専用の輸送船で絶えず燃料の石炭を補給しておく必要があった。それには当然コストがかかり、経済性の面でもクリッパーの優位はなかなか揺るがなかった。
 この状況を打ち破ったのが1869年のスエズ運河の開通だった。これによって欧州から極東への航路は大幅に短縮されるが、帆船はこの新航路を利用できなかった。人工的に掘削された狭い運河では、蒸気機関による自力航行が不可欠の条件だったのである。
 運河開通前、高速帆船による喜望峰回りのロンドン・シンガポール間の所要日数は、最短でも100日以上かかったが、スエズ運河経由では約40日にまで短縮された。
 こうして1870年代に入ると極東からのお茶を始めとする貿易物資の輸送は一気に汽船に移行し、帆船の新造も途絶えた。帆船建造技術の頂点ともいえるティークリッパーの全盛時代は、こうしてついに終焉を迎えたのである。
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