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海運雑学ゼミナール

279 時代によって変わってきた「パイロット」の意味

 船の世界で「パイロット(pilot)」といえば、通常は港湾や狭水道などで、船長を補佐して船を安全に導く、いわゆる水先案内人を指す。つまり船の恒常的な乗組員ではなく、特定水域のエキスパートとして必要なときだけ乗船してその任にあたるのがパイロットだ。
 しかしパイロットという言葉がこうした意味に定着したのは18世紀頃といわれ、それ以前は、船の乗組員として航海全般の指揮をとる者を指し「船長」「航海長」などに相当した。現代の用例では航空機のパイロットがこれに近い。  このことを示す好例が、1600年に豊後に漂着し、のち徳川家康に重用されたウィリアム・アダムス(三浦按針)の場合だ。
 彼はオランダの東洋派遣艦隊の1艦「リーフデ号」の乗組員で、職務はパイロット。出発地のオランダから乗船し、はるばるマゼラン海峡を抜け太平洋を越えて日本にやってきた。この場合のパイロットが、一時的に乗船した特定水域の案内人ではなく、航海全体の指揮をとる船長もしくは航海長を指したことはまちがいない。
 彼が称した日本名の「按針」には「針路を按ずる(占う、推察する)」といった原意があり、こちらも航海の指揮者、すなわち当時のパイロットとほぼ同義といえる。
 一方、現代のパイロットに相当する、特定地域の水先案内を業とする人々も古くから存在した。紀元前10世紀の古代フェニキアの海港タニアには、港内の水先案内人がいたと伝えられ、古代のギリシャにもやはり水先案内を業とする人々がいたという記録が残っている。
 バスコ・ダ・ガマをアフリカ東岸からインドのカリカットまで導いたアラブの航海者イブン・マージドも歴史に残る水先案内人の一人だ。
 日本の江戸時代にも、関門海峡には「関落(せきおとし)」「付船(つけぶね)」、新潟には「水戸教(みとおしえ)」という水先案内人がいた。
 呼び名はともかく、未知の水域や困難な水域の航行にその地の専門家の知識を借りるという習慣は、安全航海のための知恵として、海運の歴史同様古くから存在したわけである。
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