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海運雑学ゼミナール

285 幕府の財政を支えた鎖国時代の長崎ビジネス

 国際貿易に通関や検数・検量など複雑な手続きがあるように、鎖国時代の長崎貿易にも、幕府による貿易管理上の様々な手続きがあった。
 オランダや中国の船が入港すると、幕府の出先機関である長崎会所にまず提出したのが「積荷帳」。これは現在のカーゴマニフェスト(積荷目録)に相当し、日本側はこれを邦訳した「差出帳」でおおよその品目や数量を把握したのち荷揚げを行った。
 荷揚げされた積荷は、外国側と日本側双方が立ち会って正確に数量の確認や計量が行われ、「貨物改帳」が作成される。これは現代でいえば、検数・検量に当たる手続きだ。
 こうして輸入手続きが完了した貨物から、幕府の調達品や幕府への贈答品を除いたものが商品として国内市場に販売されるわけだが、ここから先の手順は時代により異なる。
 元禄〜正徳期(1688〜1716)には、商品の値は、長崎商人たちの入札で決められ、商人には落札値のおよそ10割の「掛かり物」と呼ばれる輸入関税が課せられた。
 しかし享保年間(1716〜1736)以後は、長崎会所の役人が外国商人と日本商人の間に入り、安値で買い取って、高値で売りさばくという方式に変わる。幕府自らが商売に乗り出したわけだが、むろん完全な独占で、関税方式よりもはるかに大きな利潤が得られた。
 また外国船の入出港に関わる煩雑な貿易実務や水・食糧の補給などは長崎の町方に分担させ、見返りに口銭(手数料)などの収入を配分するという方法も取られていた。今でいえば公共サービスのアウトソーシングである。
 このように「鎖国」とは、見方を変えれば、幕府による独占的かつ巧妙な管理貿易。長崎会所の役人たちは、幕府の財政を支える貿易利潤をひねり出すべく、商人顔負けのビジネス感覚やアイデアを要求されたようだ。
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