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海運雑学ゼミナール

289 渤海の使節がもたらした平安貴族の毛皮ブーム

 かつて日本には「渤海」という友好国があった。7世紀末に建国され、中国東北部、沿海州、朝鮮半島北部を支配し、926年に契丹に滅ぼされるまでの約200年間、唐の影響を受けた高度な文化を花開かせた国だ。
 727年以来、35回にわたって使節が来日し、日本からの使節派遣も15回にのぼるなど、その交流の密度は遣唐使をはるかに上回る。
 渤海が日本との交流を求めた当初の理由は、新羅に対する軍事同盟の形成だった。しかし交流が緊密化するにつれ、その目的は交易中心に変わってゆく。
 狩猟民族国家である渤海からの交易品の中心は毛皮だった。一方、日本からの交易品は主に絹や麻などの繊維製品だった。渤海の気候はそれらの生産に適さなかったらしい。
 平安京の貴族たちは、渤海産の貂(てん)、豹(ひょう)、虎、ひ熊などの美しい毛皮を争って手に入れようとした。彼らにとって、それはファッションでありステータスシンボルでもあった。あまりのブームに、朝廷は、しばしば毛皮禁止令を出したほどだった。
 入京した渤海使節の応接は、華麗な宮廷外交の場でもあった。文芸に秀でた使節の接待には、菅原道真など日本を代表する文人があてられ、ハイレベルな漢詩による交歓が行われた。そうした詩文には、両国の外交担当者たちの儀礼を超えた友情あふれるやりとりも数多く残る。
 ともに漢字文化圏に属し、上京龍泉府、東京龍原府など日本の平城京や平安京に似た五つの都をもつ小さな王国・渤海は、大国としての威圧感を与える唐とは異なり、日本にとって、兄弟のような親近感を与える国だったようだ。
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