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海運雑学ゼミナール

292 マルコ・ポーロが驚いた中国船の水密隔壁

 現代の船は、甲板下の部分が水密性の隔壁によっていくつもの区画に分けられている。これは衝突や座礁で船体に亀裂や穴があいても、一部の区画に浸水するだけで全体としては浮力が保たれるようにするためだが、他にも貨物を積み分ける仕切りとして、あるいは強度維持のための構造部材としての機能も果たしている。
 こうした水密隔壁の発想は、西洋では近代以降のものだが、中国では相当古い時代から用いられていたらしい。
 マルコ・ポーロの「東方見聞録」には、帰国時に乗船した中国船についての記述があり、そこで彼は、その船が丈夫な板を接ぎあわせた隔壁で13の区画に仕切られていたと述べている。
 当時は、夜間にイルカが衝突して船体に穴があく事故が多かったらしく、そんな場合も中国人の水夫は、慌てずに荷物を別の区画に移し、破損部分を修理して、また元の区画に荷物を戻したという。実際の構造は記述からはわかりにくいが、流入した海水は自動的に水溜め専用の区画に流れる仕掛けになっていたようだ。
 このほか当時の帆装や、石灰と麻とある種の樹脂の混合物を船体に塗って水密を保ったこと、船体は二重張りで、一年ごとに外板を一層重ね、六層目で船を廃棄して船食虫の被害に対処していたことなどの記述があり、当時の中国船の特徴を知る上で貴重な資料となっている。
 マルコ自身もベネチア出身で船に詳しく、その彼が中国船の優れた特徴に感嘆している様子が、これらの記述にはよくあらわれている。
 鄭和の時代を除けば、中国人が航海民族として世界史に登場したことは希だが、当時、世界に冠たる文明国家として君臨していた中国は、造船技術の分野でも、やはり独自の高度な技術をもっていたようである。
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