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海運雑学ゼミナール

295 ヒッパロスの風に導かれたローマ帝国の南海交易

 1世紀頃、アレキサンドリア在住の無名の著者によって書かれたとされる「エリュトラー海案内記」は、紅海からインドへの航路や交易地の様子を克明に記した航海案内書で、ローマの南海貿易の様子を知る上で重要な資料だ。
 のちに「海のシルクロード」の重要部分をなす紅海・インド間の海上交易路の発展の大きな要因となったのが、この案内記にも書かれている「ヒッパロスの風」の発見だった。
 ヒッパロスの風とは、いわゆるモンスーンのことで、舵手の「ヒッパロス」によって発見されたというのがその名の由来となっている。
 ヒッパロスが実在の人物かどうかは定かではないが、もし実在したとすれば紀元前1世紀前半の人と推定される。地中海世界の人々は、おそらくこの頃モンスーンの存在を知ったのであろう。ヒッパロスはその歴史的な発見を象徴する伝説上の人物と考えたほうがいいようだ。
 しかしインド人の航海者は、それよりだいぶ以前からモンスーンについての知識を持っており、それを利用してインドから紅海沿岸に頻繁に航海していた記録が残されている。
 モンスーンという言葉はアラビア語で「季節」を意味する「マウシム」に由来し、6月から10月までの夏季には南西風が、冬季には北東風がインド洋を吹き渡る。さらにそれと連動するように、インド洋の北海域では夏には時計回りの、冬には反時計回りの海流が生まれる。
 モンスーンとこの海流を利用した安全で効率のよい航路は、さらに東進して南シナ海経由で中国にまで延び、やがて海のシルクロードとして東西交易の重要ルートとなった。
 2世紀半ばには当時のローマ皇帝の使者がこの航路を通って中国を訪れている。ヒッパロスが実在したにせよしなかったにせよ、ヒッパロスの風、すなわちモンスーンの発見が、古代の東西交易を飛躍的に発展させたことは間違いない。
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