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海運雑学ゼミナール

310 スエズ運河:ナポレオンに運河建設を断念させた技師たちの測量ミス

 1798年にエジプトを征服したナポレオンは、スエズ付近の砂漠にかすかに残された古い運河の痕跡を見つけた。それは約1000年前にエジプトを征服したペルシャのダリウス大王が掘削した地中海と紅海を結ぶ運河の跡だった。
 ナポレオンは、ここに再び運河を掘削すれば、地中海に面した南フランスの港がインドやアジアとの交易拠点として優位に立てることに気づき、土木技師たちに実現の可能性を調査させた。
 しかし技師たちが現地を測量して出した結論は否定的だった。彼らの計算では紅海の水位は地中海よりも9mほど高く、運河を掘れば紅海の海水が地中海に溢れ出して大災害をもたらすという。それを防ぐには閘門式にするしかないが、当時の技術ではそんな大規模な閘門式運河の建設は難しいとのことだった。
 その報告を聞いて、結局ナポレオンは計画を断念した。ところがその数十年後、この技師たちの結論はカイロ駐在のフランス領事フェルディナンド・ドゥ・レセップスによって覆される。彼の調査ではナポレオンの技師たちの計算は誤りで、運河は建設可能だというのだ。
 レセップスは確信を持って有力者を説得し、ついにスエズ運河建設に乗り出した。彼のいう通り紅海の水は地中海に逆流せず、当初の計画の2倍の費用と時間がかかったものの、1869年に無事運河は開通した。土木技師たちの単純な測量ミスのおかげで、ナポレオンはスエズ運河建設の主導者として後世に名を残す栄誉を自ら放棄してしまったのである。
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