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海運雑学ゼミナール

315 和船の姿を今に残す貴重な記録─船絵馬

 神社や寺院に、祈願や祈願成就のお礼として絵馬を奉納する慣習は今も残っている。その起源は、雨乞いや豊作祈願などの際に生きた馬を奉納したことにあった。それが次第に木彫りや土器の馬の像に変わり、やがて木板に書かれた馬の絵になる。さらに時代が下ると、神仏や干支の動物、武者や歌仙まで、祈願の内容や好みに合わせ画題はより豊富になっていった。
 船をテーマにした船絵馬が流行し始めたのは17世紀前半の寛永時代。主に描かれたのは東南アジア交易に従事した御朱印船で、危険の多い外洋航海に神仏の信仰は欠かせないものだったようだ。
 鎖国時代に入ると、内航の弁才船(べんざいせん)を描いた廻船絵馬が流行し始め、明治期に至るまで全国の寺社に盛んに奉納されるようになる。初期には不正確で稚拙な作品が多かったが、やがて大阪を中心に吉本善京、杉本勢舟など専門の船絵師が現れ、正確で完成度の高い作品が登場した。北斎や広重など当代一流の絵師たちも船を描いた作品を残しているが、正確さでは専門の船絵師たちに歯が立たなかったといわれる。
 こうした写実性の高い絵馬は船を熟知する船乗りたちに大いに歓迎され、需要は急速に伸びた。やがて全国から殺到する注文を肉筆では捌ききれなくなり、着色前の墨書きを版画で代用する絵師も現れる。
 このため19世紀半ば以降、作品としての船絵馬は画一化の一途を辿るが、それでも最盛期に描かれた菱垣廻船や北前船などの写実的な姿は、和船の歴史を研究する上で高い資料価値がある。技術的には稚拙な17世紀の絵馬にしても、当時使われた御朱印船に関する資料は乏しく、やはり歴史資料としての価値は高い。
 大阪で量産された船絵馬は、全国津々浦々に行き渡り、船乗りたちの地元の寺社に奉納された。それらを今に残す由緒ある神社や寺も多い。船好きなら初詣での折りなどに、そんな船絵馬探索を試みるのも楽しいだろう。
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