6・2 マラッカ・シンガポール海峡の責任分担問題
6・2・1 わが国の協力の経緯
1967年3月、英国南西端でトリーキャニオン号が座礁し、大量の油流出事故が発生した。この事故を契機に政府間海事協議機構(IMCO、現在の国際海事機関(IMO))において、船舶の航行安全に関する諸問題について航行安全小委員会(NAV)で検討されることとなった。
この際に取り上げられた問題の一つが輻輳海域にける分離通航方式(TSS=Trafic Separation Scheme)の導入に関する検討で、わが国はシンガポールと共同でマラッカ・シンガポール海峡(以下、マ・シ海峡)へのTSS導入を提案した。
しかしながら、マ・シ海峡におけるTSS導入は領海主権に関係するものであり、また当時、同海峡の沿岸3カ国のうちIMCOに加盟していたのはインドネシア1カ国であったため、「現段階ではTSSの導入について勧告することはできないが、沿岸国がこの海域の通航に利害関係を持つ諸国と協議・協力し、水路調査および航行援助施設整備を実施することが望ましい」とする議事録が、1967年のIMCO第4回航行安全小委員会で採択された。
一方、わが国においては、タンカーの大型化に伴い、海事関係者より当時の不正確なマ・シ海峡の海図について、水路調査および海図補正を行うよう要望が出されていた。
このため、上記のIMCOにおける議事録が採択されて国際的な方向性が示されたことを受け、わが国政府は沿岸国と協力してマ・シ海峡の航路整備を推進することを決定した。
また民間側においても、日本船舶振興会(現在の日本財団)の支援のもとに、当協会、石油連盟、日本造船工業会、日本損害保険協会の関係4団体および日本海事財団からの資金拠出を得て、1968年に「財団法人 マラッカ海峡協議会」が設立され、以後、同協議会が中心となって航路整備事業が進められることとなった。
同協議会では、現在に至るまで次のような協力を行ってきており、2005年度までに合計147億円の支援を行った。
・ 水路測量、海図作成
・ 航路標識の整備、維持管理
・ 航路障害物の除去
・ 集油船、設標船の寄贈
・ 潮汐、潮流観測
・ 油濁対策回転基金の供与
なお、マラッカ海峡協議会に対しては、当協会からも航行援助施設の維持管理事業に係る分担金を毎年度拠出している(2005年度:2,160万円)。分担金は、2003年度までは50%を日本海運振興会からの補助金を充当し、残りの50%を関係会員船社に負担願っていたが、2004年度より当協会は同振興会からの補助金を辞退することとなったため、全額が関係会員船社による負担となった。
1994年11月に発効した「海洋法に関する国際連合条約(国連海洋法条約)」の第43条においては、海峡利用国と海峡沿岸国は合意により、次の事項につき協力することとされた。
a)航行および安全のために必要な援助施設または国際航行に資する他の改善施設の海峡における設置および維持
b)船舶からの汚染の防止、軽減および規制
しかしながら、マ・シ海峡における利用国と沿岸国、およびIMOによる協力の検討はTSSに関する事項が主であり、航行安全のための施設の整備・維持に関する協力は、上述のとおりわが国の関係者のみによって行われてきた。
近年のアジアの経済発展に伴い、日本関係船舶以外のマ・シ海峡の通航が増加していることから、海上交通の安全確保を沿岸国とわが国のみで担うことが困難となりつつあり、日本以外の海峡利用国が支援に参加する新たな協力の枠組み構築が急務となっている。
6・2・2 新たな協力の枠組みの構築に向けた動き
(1)TTEG利用国周知会合
2004年12月、インドネシア・ジャカルタにおいて、沿岸三カ国技術専門家会合(TTEG:Tripartite Technical Experts Group)による利用国に対する周知会合が開催された。本会合には、初めて日本以外の利用国(中国・韓国)が参加し、マ・シ海峡の航行安全対策・海洋汚染防止対策に関する協力について協議が行われた。特に、中国からは「主要海峡利用国として、海峡の安全確保のための沿岸国のイニシアチブに協力し、実効ある形で支援していきたい」との考え方が表明された。
また、TTEGからは、利用国の協力を得たいプロジェクトとして、@シンガポール海峡内のTSS拡幅・直線化のための浚渫、AAIS(船舶自動識別装置)陸上基地局の設置、B沈船除去、C航行援助施設への遠隔監視装置の設置、DTSS再測量が提示された。
(2)マ・シ海峡に関するジャカルタ会議
2001年9月11日、米国において同時多発テロが発生し、海上セキュリティに関する懸念が高まった。これを受け、IMOでは2004年11月に開催された理事会において、マ・シ海峡におけるセキュリティ・航行安全・環境保全に関するハイレベルの会議を2005年秋にインドネシアで開催することが決定された。
同会議は、IMOとインドネシアの共催で2005年9月7〜8日に開催され、わが国を含む34カ国、ICS(国際海運会議所)等の国際団体が参加し、次を骨子とするステートメントが採択された。
・ マ・シ海峡の航行安全及び環境保護の推進に関するTTEGの取り組みを支援し、促進すること。
・ 沿岸国、利用国、海運業界及びその他の関係者が定期的に集まり、負担分担のあり方も含め、マ・シ海峡の安全、セキュリティ、環境保護 に関する問題を議論する場を沿岸三カ国が設けること。
・ 沿岸三カ国を通じて、海峡における海上の状況把握を強化し、もって安全、セキュリティ、環境保護の分野における協力的措置の強化に貢献するため、各国内及び各国間において情報を交換するメカニズムを 構築し、強化するための努力がなされるべきであること。
・ 沿岸国において海運への保安上の脅威に対処する能力を構築することを目的として、海上セキュリティに関するTTEG、海峡における連携海上パトロール、海上保安訓練プログラム及び共同海上演習等の沿岸三カ国の協力的かつ実践的措置を促進し、積み重ね、拡大すること。
(3)TTEG利用国協力会合
2006年3月31日、シンガポールにおいて、TTEGと利用国の協力に関する会合が開催された。同会合には、日本、中国、韓国、英国、豪州、米国、オランダ、ノルウェー、パナマ、ギリシャ、デンマークの11カ国のほか、IMO、INTERTANKO、ICSが参加した。
わが国は、マ・シ海峡通航量調査(2004年)について報告し、日本以外の多数の国が受益者になっていることを説明、新たな国際的な枠組み構築の必要性を強調した。また、既存の航行援助施設の維持管理・更新整備を協力対象プロジェクトに加えるべきことを主張した。
(4)マ・シ海峡に関するクアラルンプール会議
2006年9月18〜20日、マレーシア・クアラルンプールにおいて、IMO・マレーシア共催の会議が開催され、沿岸三カ国、利用国28カ国、ICS、INTERTANKO等の国際団体が参加した。
同会議では、マ・シ海峡の現状や取り組み等のテーマ別にセッションが開催され、沿岸国・利用国などのプレゼンテーションが行われた。沿岸三カ国からは、マ・シ海峡の航行安全と環境保全のために必要なプロジェクトとして次の6つのプロジェクトが提案された。
@ TSS(分離通航帯)内の沈船の除去
A HNS(有害危険物質)への対応の協力
B クラスB−AIS(船舶自動識別装置)の実証
C 潮流等の観測システムの整備
D 既存の航行援助施設の維持更新
E 津波被害の航行援助施設の復旧整備
最終日、セッションでの議論を受けて次を骨子とするステートメントが採択された。
・ 航行安全及び環境保全のため、沿岸国、利用国、海運業界、その他の関係者との対話と協力を促進するメカニズムを支持する。
・ 沿岸国から提案されたプロジェクトとマ・シ海峡の航行援助施設の維持・更新に資金を提供するメカニズムの確立に向けた協力を行う。