2.2 地球温暖化防止対策
近年、地球表面の大気や海洋の平均温度が上昇しており、これに伴う海水面の上昇や気候メカニズムの変化による異常気象が観測され、生態系や人類の活動への悪影響が懸念されている。近年の地球温暖化については、人類の産業活動等に伴って排出された人為的な温室効果ガス(GHG)が主要な原因と考えられており、そのため、大気中のGHG濃度を安定化させることを目的に、国連において「気候変動枠組条約(UNFCCC)」※1が1992年に採択された。
また、1997年には、先進国に対し、GHGの排出削減を義務付ける「京都議定書」※2が採択された。同議定書では、1990年を基準年として、2008年〜2012年の間に、GHG排出量を先進国全体で基準年比5.2%削減することを義務付けている。
一方、同議定書では、国際海運から排出されるGHGについては、国際航空とともに削減義務の対象としておらず、それぞれ専門の国際機関(国際海事機関(IMO)および国際民間航空機関(ICAO))においてGHG排出量の抑制を追及することとされている。
これを受け、IMOでは、その責務を果たすため、海洋環境保護委員会(MEPC)において、国際海運からのGHG排出削減に関する様々な検討が行われている。
※1:気候に対して人為的な影響を及ぼさない範囲で大気中のCO2など温室効果ガスの濃度を安定化させることを目的とした条約。具体的には、先進国に対してGHGの排出と吸収の目標の作成、温暖化の国別の計画の策定と実施などが義務つけられる。1992年採択、1994年発効。
※2:UNFCCCの目的を達成するための議定書。先進国等に対し、温室効果ガスを1990年比で、2008年〜2012年に一定数値(日本6%、米7%、EU8%)削減することを義務づけている。2005年2月に発効。
1.MEPC55(2006年10月9日〜10月13日)
(1)国際海運からのGHG排出に関する調査レポートの更新
IMOにおいて2000年10月に取りまとめられた国際海運からのGHG排出に関する調査レポート※3については、用いられているデータが1996年のものと古く、また全世界における海上輸送量や輸送形態などに大きな変化があることから、更新することが合意された。
更新作業は2010年までの完了を目標とし、更新に当たり調査する項目については次回MEPC56で検討することとなった。
※3:国際海運からのGHG排出削減のための方策に関する調査研究報告。地域別GHG排出量、使用燃料別のGHG排出量などに関する調査や船体形状および燃焼機関の改良、排出権取引などGHG排出削減手段に関する検証結果が纏められている。
(2)CO2インデックスに関する検討
2005年7月のMEPC53において、「CO2インデックス算定のための暫定ガイドライン」が策定され、2008年まで実船において試行するよう各国へ求められている。
今次会合では、わが国をはじめ数カ国から同ガイドラインの試行結果が報告されたが、各国から報告されるデータの収集および比較を容易にするため、IMO本部内に設置されている汎用データベース(Global Integrated Shipping
Information System:GISIS)に各国がインターネットを経由して試行結果を入力できる仕組みを構築することが合意された。
2.MEPC56(2007年7月9日〜7月13日)
(1)国際海運からのGHG排出に関する調査レポートの更新
前回MEPC55において標記調査レポートの更新が合意されており、今次会合では必要な調査項目について、日本・ノルウェーの共同提案を基に審議が行われた。
審議における各国の見解は次のとおり。
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米国など:更新作業によって、IMOにおけるGHGに係わる作業計画が早まること、あるいは具体的なCO2排出基準(ベースライン)の設定が行われることに懸念
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欧州勢 :IMOにおけるGHG削減対策を推進するためにも早急に更新する必要がある
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中国、サウジアラビアなど:GHG排出削減義務など政策的な決定あるいはその誘導が更新作業において行われることに懸念
各国の見解の相違により審議は難航したが、各国の意見を調整の末、調査項目が次のとおり合意された。なお、更新作業については、2009年7月のMEPC59での完了を目標にすることが確認された。
・
国際海運からのGHG総排出量の算定(現状値および将来予測値)
・
他輸送モード間によるGHG排出量の比較
・
GHG削減手法の調査(技術上、運航上、市場メカニズム※に基づく手法)
・
GHGによる気候変動への影響
※市場メカニズム:競争原理に基づいて、企業が温暖化対策に有効な手法・製品・サービスを開発・提供し、その付加価値がユーザーや社会から評価・選択される仕組み
(2)GHG排出削減手法に関する検討
国際海運からのGHG排出削減手法として、英国から排出権取引に関する提案が、またノルウェーからは“GHG排出基金”設立に関する提案が提出されていた。しかしながら、時間的制約から、両提案に関する詳細な検討は行われなかったため、書面審議グループ(CG)を設置し具体的な削減手法の検討を行うこととなった。
(3)CO2インデックスデータ集約のためのデータベース
CO2インデックス算定のための暫定ガイドラインに基づき算定された各国からの算定結果を集約するため、今次会合では、IMOの汎用データベース(GISIS)入力のための様式が最終化され、IMO事務局に対して早急にGISISへの実装作業を行うことを要請することとなった。また、各国からのデータ提供を促進するために、同様式をIMOサーキュラーとして各国に回章することとなった。
3.MEPC57(2007年3月31日〜4月4日)
審議に先立ち、IMO事務局長より、2007年12月のUNFCCC第13回締約国会議(COP13)において、京都議定書の削減約束期間(2008年〜2012年)以降の新たな枠組みを2009年のCOP15において採択することが合意されたこと、これにより、国際海運からのGHG排出削減対策の検討状況についてCOP15への報告が求められ、そのため本件に関する議論をこれまで以上に加速させなければならないとの報告があった。
続いて、今次会合に提出されている文書に基づき、GHG排出削減対策の基本原則およびGHG排出削減手法等について概要以下のとおり検討が行われた。
(1)GHG排出削減対策に関する基本原則
デンマーク、マーシャル諸島および海運業界団体※1から「GHG排出削減対策に関する基本原則」について共同提案があり、大多数の国がこれを支持した。
その結果、今後のGHGに関する検討においては、次の原則を参照することが合意された。
@
地球規模のGHG 総排出量の削減に効果的に貢献すること
A
抜け道を防ぐため、拘束力を有し、かつすべての旗国に平等に適用されること
B
費用に見合った削減効果が得られること
C
市場歪曲性を防ぐ(少なくとも効果的に最小化する)ことができること
D
世界貿易の成長を阻害しない持続可能な環境開発に基づくこと
E
目標達成型アプローチに基づくものとし、特定の手法に限定しないこと
F
海運産業全体における技術革新・研究開発の促進・支援に役立つこと
G
エネルギー効率分野における先導的技術に対応していること
H
実用的であって、透明性があり、抜け道がなく、管理が容易であること
ただし、中国、インド、ブラジル、南アフリカ、ベネズエラは、A項について京都議定書第2条の「共通だが差異ある責任」の原則※2に反しているとして、同項目の削除を求め、立場を留保した。
※1海運業界団体:ICS、BIMCO、INTERTANKO、INTERCARGO、OCIMF
※2 共通だが差異ある責任:地球環境問題のような課題は全人類の抱える問題であり先進国はもちろんのこと発展途上国にも共通の責任があるという主として先進国側の主張と原因の大部分は先進国にあり、また対処能力においても異なっているとする途上国側の主張との両者の意見を折衷して形作られてきたもの。
一言でいえば、地球環境問題に対しては共通責任があるが、各国の責任への寄与度と能力とは異なっているという考え方
(2)GHG削減手法
@ GHG削減対策に関するIMO決議案
前回MEPC56において設置された書面審議グループにおいて、GHG排出削減手法のアイデアが広く収集され、今次会合においてその結果が報告された。まとめられた削減手法のうち、即時的にGHGの削減効果が期待できる以下の手法については、船主、造船所等による自主的な取り組みを促すよう決議とすることが合意され、決議案を今後検討することとなった。
・
エンジンの燃焼効率の最適化
・
抵抗軽減船体/燃費効率の評価ツールの開発
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陸上電源の利用
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風力(凧)の利用
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CO2排出インデックスおよび環境性能による船舶および運航者の格付け
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減速航行の実施
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船舶の航行管制、運航管理および荷役効率の改善
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自発的なインセンティブスキームの導入
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代替燃料の使用
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第3者機関によるCO2排出インデックスの評価スキームの導入
A 燃料油への課金
デンマークより、CO2排出権購入を目的として、国際海運で使用する燃料油へ課金する提案が行われた。同提案に対し、多くの国がその実効性に懸念を表明したが、欧州各国はこれを支持し、その問題点を含め、課金の徴収方法や運用方法など具体的な実施方法について検証することとなった。
(3)CO2排出インデックス
@ 船舶設計時におけるCO2排出インデックス
船舶の設計時において、当該船舶のエネルギー効率がわかれば、効率の高い船舶の導入が促進され、結果的にGHG排出の削減が期待出来るとして、船舶のエネルギー効率を評価するためのインデックス(設計時インデックス)の開発について提案があった。
設計時インデックスについては、デンマークおよび日本が同様の概念に基づく提案を行っているが、日本案では実海域における速力低減のパラメーターを用いるのに対し、デンマーク案では計画速力を用いる点が大きな違いとなっている。
審議の結果、大多数の国が、設計時インデックス導入の有用性を認め、今後、日本とデンマークが中心となり、同インデックスの開発およびその運用方法について検討を行うこととなった。
A 船舶運航時におけるCO2排出インデックス
2005年7月のMEPC53において、船舶運航時における実際のCO2排出量を用いたCO2排出インデックス(運航時インデックス)算定のための暫定ガイドラインが作成された。また、同ガイドラインに従い、2008年まで実船データを収集することとなり、日本はこれまでに68隻分のデータを提供している。
当該ガイドラインは、収集された実船データに基づき算定方法等の問題点を見直し、2009年7月のMEPC59において最終化する予定となっていたが、予定を一年前倒しして、2008年10月のMEPC58で最終化することとされた。
また、同時に、運航時インデックスを用いた「効率ベース(貨物・輸送距離当たりのCO2排出量)による国際海運からのCO2排出ベースライン」についても検討を行うこととなった。
(4)GHG中間会合
国際海運からのGHG排出削減に関する議論を加速させるため、IMO事務局長の提案により、次回MEPC58の前の2007年6月、ノルウェー オスロにおいてGHG中間会合を開催することが合意された。