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オピニオン

2005年12月

日露戦争100年・終戦60年の節目に思う

日本船主協会 常任理事
株式会社商船三井 代表取締役社長
芦田 昭充

天災・人災が多発した2005年。日露戦争終結から100年、太平洋戦争終結から60年という節目の年であった。この機会に、船に関する2つの歴史的事実を紹介したい。
 第一に、私の故郷・島根県であった「敵国船員の人命救助」の史実だ。ロシア・バルチック艦隊の運搬船「イルティッシュ号」。1905年5月末、日本海海戦で砲撃を受け、大破。乗組員235人全員が現・同県江津市和木町住民による懸命の救助で難を逃れた後、イルティッシュ号は沈没した。漁師が“敵国”の乗員を救い、浜の女性たちが少年兵を人肌で温めたという。
 日露戦争後の革命・ソ連邦の崩壊を経て、日本そして我々海運マンにとって、ロシアは今や大切なビジネスパートナー。私も8月末に同国運輸大臣を訪問した。天然ガスなど豊富な天然資源輸送の取り組み、ウラジオストックでの船員トレーニングセンター開設など、弊社レベルでもさまざまな分野での交流を行っている。その端緒とも言える100年前の「人類愛」は、私の郷土自慢のひとつだ。
 対日戦へのソ連参戦により日本人160万人が辛酸をなめ、30万人が命を落とした「満州逃避行の悲劇」や「シベリア抑留」は脳裏に刻み込むべきだが、民間レベルでの日露親睦・交流や今後の海運ビジネス拡大を大いに期待したい。
 ご存知の方が多数いらっしゃるが、第二に戦没船員のこと。日中戦争〜太平洋戦争の商船被害は、約2,400〜2,500隻・800万総トンという。民間の船が強制的に徴用されて国家の各種輸送船となったためだ。開戦前の保有船舶を超える船舶(戦時中に造られた戦時標準船を含めて)を戦争で失った。
 何より心痛むのは「3万人におよぶ商船員が、魚雷や砲撃/爆撃で亡くなった」という事実(漁船・機帆船を含めると7,000隻/6万人)だ。ほとんどの商船が何の護衛もなく、日本近海や南方の海を航海中に沈められ、兵士の死亡率を超える4割もの船員が命を落とされた。
 戦後の混乱の中、ゼロから再出発された先達の方々の奮闘努力を思うと涙を禁じえない。海運業はその甲斐あって蘇り、幾重の谷をくぐり大波を越えて今、隆盛のときを迎えている。そのようなときにこそ、後に続く私たちは海運にまつわる史実を、「墓標」というべき水底に眠る船たちを、決して忘れてはならない。太平洋戦争終結60年目の年の瀬に、改めて誓おう。
 今年も残すところわずか。昨年を上回る好況に海運界は沸いた。さらなる発展のため「トン数標準税制導入」「水先制度の改革」「ITF問題」などの課題に、皆さんとともに知恵を絞りたい。さらに、業界や企業の責任である「環境保全」「社会貢献」などを時代のキーワードとして念頭に置きつつも、上記のような歴史認識/理解を忘れず、日本・国際社会に役立ち続ける海運業でありたい。

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