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オピニオン

2007年12月

「里山から、里海へ」

日本船主協会 副会長
株式会社商船三井 代表取締役 社長執行役員
芦田 昭充

やや旧聞に属するが、NHKで夏に放送された「世界里山紀行」に魅了された。国内の里山の四季と人々の生活を描くシリーズの一環で、舞台を海外へ移した3回シリーズだった。  北欧フィンランド。国土の7割が森に覆われた「森と湖の国」。非常に心引かれたのは「各々自分で決めた木を持っており、何かあるごとにその木と語らう」こと。「森には精霊が住んでいる」と人々は信じ、亡くなると木肌を削って名前や生没年を刻む風習が残る。刻印を覆って木肌が伸び、森と暮らした人の思いを優しく包み込んで行く。

ポーランドでは、北東部のビエブジャ・ナレフ湿地帯が舞台に。冬が終わると雪解け水が湿原に流れ込み、湿原は緑織りなす草原へ。周囲の酪農家の生活を、湿原の花々や樹木が美しく装っていく。コウノトリをはじめ星の数ほどの鳥たちが湿地へ子育てに訪れる。人々も「水辺に響き合ういのち」の一部だ。

第3回。300種近いという「竹の宝庫」・中国の雲南省へ。竹の恵みに抱かれて食器や漁具、家に橋も竹で作る人々の営みと文化に、胸震わせた。「自分たちは竹から生まれた。だから竹に生きる虫は私たちの兄弟だ」と言う。人は竹で作られた揺りかごで育ち、死して後も竹の中に遺骨の一部をまつられる。そして新しい竹林が育っていく。

いささか長くなってしまった。私が観たものは、里山を舞台にして生きる人々のひたむきな生活だった。日本において(さびれつつある里山もあるが)そこに暮らす方々の努力で美しい里山はまだまだ守られている。注目したいのは、里山に対比する「里海」。里海とは「人間が生活して自然が守られ、お互いが共存できる海や干潟」という意味だ。東京近郊では、東京湾最奥の三番瀬などが代表的だろう。汐の香り。緑の海草や桜色の貝殻。波のさざめき。素早いカニ。潮だまりの小魚の影。上空のシギ・チドリ。里海は生命に満ち、生活や漁そして娯楽の場でもある。そのような里海の砂浜を埋め立て、護岸で固めて「人々を海から遠ざけよう遠ざけようとする」ような風潮では、豊かな里海も汚れて疲弊し、関心も遠のいていく。

海洋国家ニッポン国民の心も、問われている。ナショナルトラスト運動発祥の地・イギリス。自然のままの美しい海岸線が都市部以外では守られているのが上空からも見え、大変感心する。同国「ナショナルトラスト」協会が1965年から取り組んだ海岸線保存計画“ネプチューン計画”。自然海岸を守るために一般会員が寄付を出し合い、同国の海岸約4800kmのうち約1100kmを取得したという。時間は流れるのではない、人が時間を動かすのだ。身近な海を守り、海への興味・関心を醸成していく取り組みが、国民一人ひとりに一層求められている。

海を事業の舞台にする我々海運業界もまた、里海の保護に無関心であってはならない。ひとたび海難事故を起こせば、油濁汚染などで命あふれる里海に多大なダメージを与えてしまう。当協会でも「地球・海洋環境保全が最重要課題のひとつ」との認識に立ち、2001年に「環境憲章」を策定。「地球・海洋環境に関わる国内外の法規の遵守と自主的な環境方針の策定による一層の環境保全」「環境問題への意識向上と環境保全への日常的取り組みの強化」などの行動指針を制定。会員各社も技術開発や環境教育など、具体的な行動に着手されている。

半面で、港湾や海運があらゆる産業活動と市民生活を支える社会基盤であることも重要な事実だ。港湾などの開発に際しては環境保全へ十分に配慮し、自然環境保全と開発の共存点を見出す努力が大切だ。利用時には謙虚な気持ちと、里海や海洋保護の心を忘れてはなるまい。

里山から里海へ。深い想いにかられた2007年であった。

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