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2012年4月

上野孝

大震災とカボタージュ制度

日本船主協会 副会長
上野トランステック株式会社 代表取締役会長兼社長
(日本内航海運組合総連合会会長)
上野 孝

昨年3月の東日本大震災から、はや1年が過ぎました。この冬は殊のほか寒さが厳しい上に、原発事故の影響や復興の遅れなどもあって、被災地で不自由な生活を送っておられる方々のご苦労は尽きないとお察しします。大震災の影響は現在も進行形で継続していると言えるでしょう。

物理学者の寺田寅彦は「天災は忘れた頃にやって来る」という有名な警句を残しました。そのひそみに倣うわけではありませんが、図らずも大震災に立ち会うことになった身として痛感するのは、「天災は予想外の事態を引き起こす」ということです。

地震によって想定を超える大津波が発生し、原子力発電所が壊滅的な被害を受けて、深刻な放射能汚染問題が生じました。地震、津波、原発事故という個々の事象については、その重大さが震災以前から認識されていたとしても、それらが連鎖的に波及して、一連の大災害になることまで思いを巡らした人は、あまり多くはなかったのではないでしょうか。

海運業の立場から言えば、災害の連鎖はこれだけに止まりませんでした。原発からの放射能を恐れた一部の外国船が、京浜港への寄港を忌避したのです。国交省によれば、3月11日から6月26日までの間に京浜寄港を取り止めた外国船は44隻に及びました。京浜揚げ予定であったコンテナが他港で揚げられたため、内航フィーダーで急遽横持ちするなど、物流現場は混乱に陥りました。震災で港が壊れたわけでもないのに生じた事態でした。

このことは、日本の国内物流を担う内航海運にとって、考えさせられる問題となりました。

内航海運においては、カボタージュ規制が行われています。これは、国内輸送は自国船に限るとするルールで、世界の多くの国々で行われているグローバル・スタンダードというべき制度ですが、識者の中には、これを廃止ないし緩和して、外国船に国内輸送を認めるべきと主張する人々がいます。彼らの意見は、主にコスト論的な立場から、外国船が参入すれば内航のコスト引き下げにつながるというものですが、果たしてそれは正しいのでしょうか。

私どもは国民経済の安定と国家の安全保障という観点から、外国船に日本の国内輸送を委ねることに、強い危惧の念を抱かざるを得ません。今回の震災で、外国船の京浜抜港を尻目に、被災地に支援物資を運んだのは、日本人船員が乗り組んだ日本船です。津波による大量の瓦礫が漂う中、福島原発沖を迂回して、応急復旧が行われたばかりの被災港湾へ、非常な緊張感をもって輸送を遂行しました。

外国船や外国人船員を差別する意図は全くありませんが、仮に外国船が国内輸送に参入したとして、災害や有事の際に、日本人船員が乗り組んだ日本船と同じ対応を期待できるでしょうか。

国は災害や有事の際に、国内輸送を確保するために必要であれば、海上運送法上の航海命令や、国民保護法に基づく従事命令などを出すことが出来ますが、これは日本の主権が及ぶ日本船であるからこそ可能なことです。

震災を機会に、こうした問題について国民各位の関心が広がることを切に期待する次第です。

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