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オピニオン

2013年5月

小畠 徹

内航海運に見る物流軽視の亡霊

日本船主協会 副会長
上野トランステック 代表取締役会長兼社長
(日本内航海運組合総連合会会長)
上野 孝

私はかねがね、内航海運における2つの高齢化ということを申して来ました。すなわち、船舶の高齢化と船員の高齢化です。
 船舶について見ますと、内航船の法定耐用年数は14年ですが、法定耐用年数を超える老齢船が全体の7割以上を占めています。運賃や用船料が長年にわたって低迷しているため、代替建造が進まず、老齢船を使い続けているのです。老齢船でも修繕やメンテナンスが適切に行われていれば、直ちに問題になるものではありませんが、安全性や環境面でリスクが高まる可能性は否定できません。
 船員の年齢構成は55歳以上の者が4割を占める一方、30歳未満は1割に過ぎず、若年船員の不足が顕著です。若手が足りないところを高齢船員が働き続けて、業界全体として何とか員数の帳尻を合わせていると言えます。近い将来、高齢者が大挙して退職すれば、船員不足が一気に顕在化して、安定した内航輸送の維持が困難になることが懸念されます。
 高齢化した船員が老齢船のケアをするという“老々介護”が、冗談ではなく現実になっており、私はそこに現在の日本経済が内包する問題を垣間見る思いがします。
 端的に言えば、それは物流コストの軽視です。物流システムの適切な維持には、本来、相応のコストがかかるのに、物流コストをあたかも冗費のように考えて、闇雲にその削減を求める傾向が一部にあります。その結果、産業としての内航海運の再生産に必要な内部留保ができず、船舶の老齢化や若年船員の不足を招いています。船舶の代替建造にせよ、若年船員の雇用拡大のために必要な労働条件の改善にせよ、多くの船主にとって、その裏付けとなる財務的な余裕がないというのが実情ではないでしょうか。
 こうした問題は昨日今日に始まったものではなく、案外根深いような気がします。
 例えば先の大戦において、日本軍は中盤以降、各戦線で苦戦を強いられることが多かったのですが、その原因の一つとして、武器弾薬から食糧まで、物資の補給が十分でなかったことがしばしば指摘されます。物資が足りないという以前に、物資を前線に輸送する兵站(ロジスティックス)の観念が貧弱であったようです。その象徴的な事例として、陸軍では歩兵や砲兵などに比べて、物資の輸送を行う輜重兵が軽んじられたという話を耳にしたことがあります。
 内航海運を含めて物流業が置かれた状況を見るにつけ、21世紀の現在でも、旧軍以来の物流を軽視する思考が、亡霊のようにさまよい歩いている気がして、慄然とすることがあります。翻って考えてみれば、高速道路料金を無料化するとか引き下げるなどと、大衆受けする甘言を弄しつつ、その一方で、トンネルや橋梁や高架道路などの物流インフラの維持に必要な投資を怠ってきたのも、内航海運が現在抱えている問題と通底するのかも知れません。怪談話の季節にはまだ少し早いですが、私たちはこのような理不尽な亡霊と戦う覚悟を固める必要がありそうです。

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