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オピニオン

2013年10月1日

栗林常任委員

福島が問う「国のあり方」

日本船主協会 常任委員
栗林商船 代表取締役社長
栗林 宏吉

うだるような猛暑とゲリラ豪雨に見舞われた夏も終わりに近づいて、ようやく9月になった今、日本を取り巻く環境はなかなかすっきりと秋晴れにはならないようである。
 昨年末に誕生した安倍自民党政権はデフレ脱却と経済再生を目指し、春先からの金融緩和もあり円高はようやく是正され株価も急回復を遂げた。しかし、当初の期待値が高過ぎた為か、夏場になり一向に改善しない近隣諸国との関係や、さっぱりよくわからない三本目の矢の実体、さらには予想外に混沌とする中東情勢などが絡み合って、なんとなく冷めた空気が漂っていると感じるのは私だけであろうか。
 海運マーケットもこの冷めた空気と中国経済の低迷から、内外航ともに厳しいマーケットが続いている。こちらもさわやかな秋晴れまでにはまだ少し時間がかかるようである。
 この秋には消費税の議論に決着をつけ、TPPの交渉も乗り切って2020年の東京オリンピック招致も決め、勢いをつけたところでアベノミクスを完成させ、さらには安全保障にも新境地を見出す、そんな政治日程で進もうとしていたに違いない安倍内閣に、9月初旬のこの段階で大きく存在感を増しているのはやはり福島原発の汚染水処理問題であろうか。
 膨大な汚染水をどうするかは当初から大変な問題と認識されており、海運界でもVLCCを活用した汚染水の保管の申し出が内外の船社からあった。実際国交省で検討もしていただいたが、福島沖が遠浅で直接接岸できないなどの理由で陸上保管となったわけで、この問題がこんなに早くクローズアップされるとは、当時のことを思うと誠に残念である。
 福島原発の事故とその後の対応については、もちろん全員が未経験なこともあるが、日本という国家の問題点を色々と考えさせてくれる。特に汚染水問題は、東電任せだった処理スキームが破たんし国が前面に出ざるを得ず、尚且つ先行きが全く不透明であるということが一番の問題であり、一連の事故後の対応を象徴している。
 それでは何故あの時、こんなに大規模で世界に例のない事故処理や膨大な数の被害者対策を東京電力という一企業に負わせることになったのだろうか?
 当時の議論を振り返ると、経営上ダメージを負った東電を破たんさせて新組織でその後の処理にあたるか、なんとか破たんさせないで現行法上責任のある東電を残すかの議論があり、結局破たんさせないで行こうとなったようである。しかし国家的な危機をどう乗り越えるかという危機管理の面からの議論は十分に行われたのだろうか。
 戦後日本は平和憲法のもと、戦争はもちろんそれに匹敵するような非常事態には直面しないという前提の法体系で国家が運営されてきたのではないかと私は危惧している。非常時の法体系や経験がないため、ひたすら平時の法律の運用の幅を広げる程度の事しかできず、それも無理があるためさっさと事故収束宣言を出して、建前としては平時に戻ったことにして日常の業務に戻る、というのがこの国の国家中枢のお寒い実態ではないのか。
  安倍内閣は安全保障の在り方について、今までと違う考えを内閣として取り纏めたいと仄聞している。しかし集団的自衛権を行使して同盟国としての役割を果たす前に、まず非常事態に柔軟に対応でき、本当の意味で国民の生命と財産を守る「国のあり方」を考えて頂きたいとお願いする次第である。

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