JSA 一般社団法人日本船主協会
文字サイズを変更する
小
中
大

Homeオピニオン >2016年3月

オピニオン

2016年3月1日

小畠徹常任委員

TPP・比較優位・海運業

日本船主協会 常任委員
NSユナイテッド海運 代表取締役社長
小畠 徹

昨年もいろいろなことがありましたが、良かったことの一つにTPPの合意があります。国際貿易が伸びることで輸出国も輸入国も豊かになります。逆に貿易が禁止・制限されている国は豊かになれないということは北朝鮮などを見れば明らかです。TPPにより関税が撤廃され、あるいは下げられ、知的財産権保護などの環境整備が行われれば二国間ないし地域間での貿易・投資が伸びるわけですが、そこでは強い(優位にある)産業-----日本で言えば自動車に代表される製造業でしょうか------がより強くなり、弱い(劣位にある)産業は外国製品に押し出されてしまうという現象が起きます。消費者の感覚で言えば、輸入品であれ良いものがより安く買えるということで豊かになるということでしょうか。

 ところがここで言われる「強い」あるいは「優位にある」の意味は、他国の産業と直接比較して生産性やコストが優っている「絶対優位」という面もありますが、その国の中で相対的にどの産業が優っているかという「比較優位」が重要だと言われています。国土や労働人口には上限・制約があるわけですから、それぞれの国で一番得意とする分野を伸ばして相互補完的に貿易するのがベストだという理論です。(フィリピンで船員派遣事業が盛んなのもこの比較優位という考えで説明できます。)
 この理論は理論としては正しいのですが、極論すれば日本では一番生産性の高い自動車ばかりを造って、アメリカではポテトチップを作って相互に貿易すれば一番良いのだということになり、話が収まるわけがないというのが現実です。比較優位論はボーダーレスというか「国の存在が薄い」状態で成り立つ話です(例えばEU内部でとか)。現実は「国」が有り、「国民」が居り、「国益」が大事だということで、比較優位に基づく産業捨象などはできません。どの国も農業とか鉱業などには保護政策を適用しますし、空港・港湾・鉄道・内航事業に外資規制をかけるのは当然と言われています。(日本の石炭産業のようにあまりに採掘条件が悪く保護しきれなかったという事例もありますが。。。)

 何を守り、何を伸ばしていくかには、コスト(政府支出)がかかる面もあり、国民のコンセンサス・世論が大事となります。当事者には当たり前のように見えても他の人々にはそうでない場合があります。論理的にかつ判り易く説明していかなければなりません。海運業界あるいは海事クラスターと呼ばれる一連の産業・事業を日本の中でどう位置付けてもらうのか。もちろん私たちは「海に囲まれた日本が繁栄していくには海運は不可欠でしょう、せめて他の海運国と同じような扱いにしてください」と言っていくのですが、あらゆる異論・反論に耐えられるような緻密な論理構成が必要です。また「具体的にはどこまでか」という線引きも自らしていかなければなりませんし、制度に甘えるようなことがあってはなりません。現在、日本の海運・海事クラスターは個々の企業の努力によって、なんとか健全な状態を保っていると思われますが、今後、私たちは競争力強化のため、また、他産業に比し比較優位を持てるように自助努力を続けていく必要があります。
 今年は震災から5年となります。あのような災害は二度と起こってほしくないのですが、危機管理を含むあらゆる面から海運・海事クラスターの位置づけを再確認・再認識していただきたく、私自身、広報活動に努めたいと考えています。

  • オピニオン
  • 海運政策・税制
  • 海賊問題
  • 環境問題
  • 各種レポート
  • IMO情報
  • ASF情報
  • 海事人材の確保