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オピニオン

2016年4月1日

佐々木副会長

MLC2006と船員の労務管理

日本船主協会 副会長
国際船員労務協会 会長
佐々木 真己

 未だ正月気分が覚め遣らぬ1月15日未明、軽井沢の国道でスキーツアーのバスが道路下に転落、多くの若者が犠牲となる事故が報じられた。原因は運転手の操作ミスの見方が強まる一方、バス会社の安全管理体制の欠陥が指摘され、また運転手不足による厳しい労働環境も取り沙汰された。その後も大型バスの事故のニュースが相次ぎ、陸と海とで働く世界は違うが、長い間船舶の運航に携わって来た者として、他人事とは思えないニュースを頻繁に耳にした2016年の年初めであった。
 我々が身を置く海運界における労働環境であるが、2006年2月に国際労働機関(ILO)により船員の労働に関する包括的な権利と保護を規定する国際労働条約(MLC2006)が採択され、2013年8月に発効した。この条約は船員の権利を規定し、船主の公正な競争を促すものであるが、船舶の運航と管理の面から特に注目すべき点は、船員の労働時間の最大限度と休息時間の最小限度が木目細かに規定されていることである。
 船舶の運航に当たって、以前は、入出港作業、あるいは停泊中の荷役作業や補油作業の際の労働時間は然程厳しく管理されておらず、入港したら昼夜を問わず作業を行い終了とともに出港、ということが当然のように行われ、時間外労働はそれに見合う手当で処理されて来た。入港中は目一杯働き、フリーの時間があれば寝る時間を割いてでも上陸して英気を養い、出港したら当直時間以外は泥のように眠ってまた次の港の作業に備える、という「船乗り」としての働き方の醍醐味が許された時代もあった。
 しかし、このMLC2006では、特殊な労働環境にある船員といえども労働時間と休息時間を厳格に管理することが求められ、従前の労務管理では対応が困難となった。そのため、発効前には新たな規定に対応するための勉強会が開催されたり、新しい労働時間の管理ソフトの導入が検討される等、多大な時間と労力が費やされた。
 そして発効後、対策として一般的に採用されているのが乗組員の増員や、荷役作業終了後一定の休息時間を確保してから出港する、という手法である。これらは何れも船舶の運航コストの増大に直結し、船主や運航会社の負担が増すことは避けられない。また、対策が不十分で、ポートステートコントロールで違反が指摘され船舶が拘留される事態も発生している。船主、管理会社、運航会社はもとより、乗組員を含めた関係者全員の慎重且つ適切な対応が不可欠であり、日々大変な苦労を強いられていることが想像に難くない。
 困難は伴うが、関係者全員が一体となり規定を遵守することで健康的に働ける環境が整備されることは、乗組員の質の向上に資するであろうし、延いては海運の発展に寄与することも期待できる。更に、労働環境の向上が安全運航の礎となり、船舶の大事故の撲滅に繋がることを切に祈るところである。
 MLC2006ではその他にも訓練生の待遇等、運用に苦慮する規定もあり、旗国のルールとの兼ね合いも含めて適切に対応すべく、海運界全体で情報の共有が行われるよう、日本船主協会/国際船員労務協会ともに積極的に関わって行きたい。

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