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オピニオン

2018年10月1日

野瀬常任委員

運送は文明なり
(Transportation is Civilization)

日本船主協会 常任委員
NYKバルク・プロジェクト 代表取締役社長
野瀬 素之

今から40年近く前、学生気分で意気揚々と海運会社に入社したのだが、荷主さんから、運賃はたたかれるは、船が遅れて怒られるはと、厳しい商売の現実に直面し、意気消沈することがしばしばあった。


その頃たまたま、大学の恩師にもらった「世界海運業小史」という本のページをめくっていると、下記の記述(古めかしい文体で恐縮です)に出会った。
① 「文明の進展というものは、物質面において、世界の資源がプールされて各地・各国の生産物が人類全体に利用されえるようになる仕方いかんに密接に関連している。この働きをなすのがほかならぬ輸送である。」
② 「もしも当該生産の行われた地域をこえて遠くへ輸送する手段を欠いているとすれば、世界の生産物のきわめて大なる部分は全く利用価値のないものとなってしまうであろう。」(筆者注:当たり前のことだが、鉄鉱石も石炭も鉱山から鉄鋼ミルへ輸送されて鉄鋼製品が産み出され、更にその鉄鋼製品が使用される場所まで輸送されることで初めて利用価値が生じるわけです。)
③ 英国の作家キップリングは「運送は文明なり(Transportation is Civilization)」という言葉を残している。わずか三つの単語をもって、実に巧みに真理をいいあらわしたものと言えよう。


これらを読んで、厳しい現実から離れ「海運の発展無くして文明の発展は無かったんだ!」と感銘を受け前向きな気持ちを取り戻した。海運業界で働いている今の若い人たちも色々辛い思いをすることがあるだろうが、海運業がいかに重要な産業であるかということをしっかり認識して誇りを持って前向きに働いて欲しい。


ところで、上記記述①は「リカードの比較優位の原則」と呼ばれる国際分業・自由貿易の便益を説明する理論に通ずるものがある。食糧などの安全保障上の問題を抱えながらも世界の多くの国が自由貿易を志向してきたのは、その大きなメリットを認識しているからである。時々出張で訪れるチリでは、1970年代以降、急速な自由主義的経済改革を進め、貿易面では、100%を超えるケースもあった高率関税を、1979年に一律10%にまで下げ、「チリの奇跡」と呼ばれる経済成長を遂げたそうである。


一方で、昨今トランプ大統領の登場以降、自由貿易の流れは一変し保護主義・利己主義的な経済ナショナリズムが台頭してきた。最近の新聞・テレビで米中間を始めとする貿易戦争のニュースを見ない日はない。米国内では彼の強硬姿勢に快哉を叫ぶ人たちが結構いるようだが、そのうち輸入物価上昇・輸出減少のダメージが出てきて米国経済が、ひいては世界経済が腰折れするリスクをきちんとわかっているのだろうか?


最近会った隣国のメキシコ人とカナダ人の取引先は彼のことをこきおろしていた。初対面の私に過激な表現でそういう話をするとは、よほど頭に来ているのだろう。貿易戦争の結果、貿易あっての外航海運業への悪影響はもちろんのことだが、本物の戦争のように国同士が憎みあい世界が分断され混乱・衰退するのではないかと本当に心配になる。ビジネスマン出身で交渉上手なトランプ大統領にはふりあげた拳を早くうまいこと下ろして欲しいものだ。


以上

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