JSA 一般社団法人日本船主協会
文字サイズを変更する
小
中
大

Homeオピニオン >2019年4月

オピニオン

2019年4月1日

村上副会長

自由な貿易が世界を豊かにする

日本船主協会 副会長
川崎汽船 取締役会長
村上 英三

“We reject the ideology of globalism and we embrace the doctrine of patriotism”(私たちはグローバリズムというイデオロギーを拒絶し、愛国心の理念を尊重する)

昨年9月、米国のトランプ大統領は国連総会でこう明言しました。「自由で公正な貿易は、世界を豊かにする」という、世界経済発展の大前提のように捉えてきたこの価値観を、正面から否定する動きがここ数年強まっています。

イギリスがEU離脱を決めた国民投票が2016年。同調するようにヨーロッパをはじめ世界各地で保護主義や自国第一主義勢力が台頭し、一部は政権を握りました。翌年に誕生したトランプ政権の言動は今に至るまで世界を揺さぶり、中でも二大経済大国を成す中国との貿易をめぐる確執は国際経済を振り回しています。

国際経済は、自由な貿易を土壌に成長してきました。自由貿易のもと、各国が比較優位な分野でグローバルな分業体制を作ることで、個別に経済活動を行うよりも全体の生産性が高められます。一次産業が基盤の国、資源を持つ国、工業が進んだ国というように、それぞれが特性や得意分野を生かすことで、先進国から途上国まで幅広く発展してきました。自由貿易は世界を豊かにする仕組みだと言えるでしょう。

日本は一つの好例で、資源国から輸入した原料や燃料で工業製品を作って輸出するという分業によって、経済を成長させてきました。その重要な一翼を担うのが海運で、国土を海に囲まれている特性から、交易とそれを支える造船、海運などの産業が発達し、それらが有機的に繋がることで海事クラスターを形成して他国に対する比較優位を築いてきました。

貿易の自由度が高まることで負の影響が生じる産業も出てきます。TPP交渉の過程では、日本の農業をどう守るかが大きな課題になりました。トランプ大統領の支持層が集まるラストベルトも、他国に生産活動が移り生じたと言われます。生活が脅かされる懸念があれば反対の動きが出るのは当然です。こういった産業に対しては、自由貿易で高められた利益を再配分したりセーフティネットを構築するなど、影響を軽減する対処が求められます。自由な貿易を止めることに力を割くのではなく、より多くの人に利益と満足をもたらして、豊かさを生み出すことにこそ力を割くべきだと考えます。

1930年代、世界恐慌を契機に多くの国が貿易を制約して自国産業の保護を図りましたが、結果として各国の経済がよりダメージを受けたばかりでなく、第二次世界大戦を引き起こす一因にもなりました。その反省から戦後、GATTが発足し(後にWTOに継承)、IMFや世界銀行などとともに自由貿易体制を支えてきました。国際的な叡智が作り上げたこれらの枠組みが、各国が独善に陥るのを防いできたと言えるでしょう。最近の貿易摩擦や保護主義の動きも、国際社会が成長する上で通過しなければならない過程なのかもしれませんが、歴史による教訓を十分に踏まえ、叡智をもって対応し、解決していかなければなりません。自由な貿易は、そうまでして守り育てるべきものだと思います。

以上

  • オピニオン
  • 海運政策・税制
  • 海賊問題
  • 環境問題
  • 各種レポート
  • IMO情報
  • ASF情報
  • 海事人材の確保