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オピニオン

2020年7月1日

當舍常任委員

DXの先にあるもの

日本船主協会 常任委員
飯野海運 代表取締役社長
當舍 裕己

5月下旬の新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言解除から1ヶ月以上を経過したが、未だ終息方向の実感はなく、海運業も少なからず影響を被っている状況に変わりはない。

コロナ禍で相当な数の会社で役職員が在宅勤務を経験した。飯野海運でも2月12日の新型コロナウイルス対応準備チーム組成に始まり、政府の緊急事態宣言発令にともない緊急対策本部へと体制を強化した。この間、交代制在宅勤務から原則全員在宅勤務までを実施し、今(本原稿の執筆時点)も出勤と在宅勤務との併用が続いている。ここまででわれわれが何を学んだかを振り返ってみたい。

在宅勤務については、当初は世間同様に期待値低く、業務レベルの低下や社員のストレスなど問題点ばかりが懸念されていた。それが徐々にではあるものの在宅勤務の生産性検証や相性の良い業務確認に始まり、生産性の高いシフト調整を試みるなど、積極的な位置づけの動きも出てきた。コロナ禍を単なる災害に終わらせることなくワーク・ライフバランスの改善など働き方改革へと繋げていける手ごたえを感じている。

この点は、リモート業務に関する海運業界への評価も忘れてはならない。海運業界では在宅勤務への切替えが比較的スムーズに行われたとは思わないだろうか。この最古のグローバル産業では、元々陸上職と海上職が高度な分業体制を敷いている業態であり、最新の通信環境を利用した分散拠点マネジメントに長じてきたという歴史がある。

一方で、在宅勤務を支えているデジタルトランスフォーメーション(DX)は、日本がいかに遅れているのかも痛感した。飯野海運もIT環境の構築やビデオ会議アプリ導入は進めていた方だと自負していたが、在宅勤務の導入過程ではいささか時間を要する結果となった。

では、DXを何のためにやるのか。それはデジタル技術を通じ日本が、一企業が、めまぐるしく変化する外部環境に耐えうる組織基盤を作ることに他ならない。経済産業省が発表したレポート「DXレポート ~ITシステム『2025年の崖』克服とDXの本格的な展開~」(2018年)では、2025年までに企業がDXを相当進展させない限り、システム上より多くの問題に直面し、競争力の低下も招くと警鐘を鳴らしている。コロナ禍を契機に今後社会のあり方、仕事のやり方、そして生活様式の変化は加速していく。DXはこれら変化を強力に技術面から後押ししてくれるものだが、変化に対する対応方針の決定者はわれわれ自身である。変化を当然のものと認識し、変化を許容することを前提に、いかに変化によりよく対応するかという気構えでDXと向き合わねばならない。

幸いにして海運業は、感染症、自然災害、停電、インフラ遮断といった最近多発の事象下でもライフラインとして安全・安心な輸送を実現するという変わらない社会的使命がある。そして、戦後辛酸を舐めながらも復興し生き残ってきたしぶとさもある。安全・安心を支えるという一本の筋を常に意識しながら、変化に対して柔軟に、効率的にDXを活用していくことで、さらに持続可能な海事産業全体の未来が見えてくる。

社会貢献や地球環境保全にも取り組むことで、持続可能な社会へ貢献すること、延いては人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させることはいまやライフラインと同様、海事産業全体の社会的使命といってもよいだろう。変わらぬ使命、そして新しい使命を同時に実現するために、先ずはこれからの5年間をDXと真剣に向き合っていきたい。

以上

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