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オピニオン

2023年7月1日

大谷常任委員

海運業界における人権リスクと対応

日本船主協会 常任委員
飯野海運 代表取締役社長
大谷 祐介

昨今世界的にESG経営への関心が高まっており、自社の企業活動のみならず、サプライチェーンにおける人権侵害について企業の責任が問われるようになってきている。経済活動のグローバル化に伴い、サプライチェーン上の強制労働や児童労働といった人権問題や環境破壊等の問題が頻発するようになった。2011年に国連「ビジネスと人権に関する指導原則」が採択され、日本政府も2020年に「『ビジネスと人権』に関する行動計画 (2020-2025)」を策定した。昨年政府は「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」を策定し、法的拘束力はないものの、企業も人権尊重の取組みを進めることが期待されている。

世界では人権に関する法整備が進んでおり、人権の観点から輸出入規制を強化する動きが活発化している他、英国の現代奴隷法は、英国で取引があり、一定規模の売上高がある企業に声明公表を義務付けている。欧米企業は人権尊重を盛り込んだサプライチェーンに関する方針等を策定し、取引先にも人権尊重や児童労働の禁止等を求める動きも見られる。われわれ海運会社はグローバルに事業を展開しており、国内外の法令を遵守する必要があるが、欧米企業に比べ日本企業は人権対応が遅れているとも言われている。人権に関する取組みが不十分だと、レピュテーションリスクだけでなく、欧米企業との取引に制限がかかる等、経営上の大きなリスクにもつながる恐れがある。

海運業界のサプライチェーンは上流から下流まで長く、船員の長時間労働や船舶の事故に伴う環境汚染、港湾荷役や造船・解撤の現場において安全衛生問題や人権侵害が発生する可能性、また人権侵害と関連しやすい輸送貨物(いわゆる紛争鉱物や児童労働等に由来、あるいはその蓋然性が高いもの)が潜む可能性など、様々な人権リスクが存在している。

コロナ禍では世界的な移動制限や各国の規制強化により、船員の交代が困難となった。船員の基本的権利や船上における労働安全衛生は2013年8月に発効した国際条約MLC 2006(ILO海上労働条約)に定められているが、ILOの定める最長勤務期間を超えて長期乗船を余儀なくされ、船員の労働条件と人権保護が緊急の対応課題となった。飯野海運も長期乗船への対応に苦慮した。

船を保有・運航する海運会社は、船の誕生からライフサイクルの最終段階である解撤に至るまで人権侵害が行われないよう責任を持つ必要がある。解撤現場での安全衛生や人権侵害、環境汚染等の問題は深刻な問題として取り上げられて久しい。安全や環境への対応について船級協会が認証を出すヤードの数も徐々に増えてきているが、まだまだ多くの現場では危険を伴う作業が行われており、人権への配慮の遅れも指摘される。

飯野海運グループでは国連グローバルコンパクトへの賛同、人権方針・腐敗防止方針の策定、調達方針・サプライヤー行動規範の策定など、人権デューデリジェンスの取組みを進めている。取組みを進める中で、改めて認識する人権リスクも多い。海運業界の一員として、サプライチェーンにおける人権侵害の防止に取組み、持続可能な社会の実現に貢献していきたい。

以上
※本稿は筆者の個人的な見解を掲載するものです。

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