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オピニオン

2023年11月1日

井上副会長

IBFという国際労使交渉

日本船主協会 副会長
国際船員労務協会 会長
井上 登志仁

日本商船隊のFOC船に乗組む外国人船員の新たな労働条件が9月中旬に合意された(2024年から2027年までの4年間に適用されるIBF(International Bargaining Forum)労働協約。但し、賃金のアップ率は最初の2年間だけ合意)。本年1月に始まった国際労使間のIBF中央交渉は、コロナ禍の影響を受けて課題が多く、6月終了の予定が長引き、労使双方にとって難しい交渉となった。

IBF協約は、同協約下で働く船員数をベースとすると、世界全体の船員数の約2割を占めていると推定され、世界で最も利用されている労働協約である。その中央交渉は、労働者側(国際運輸労連=ITF)、使用者側(Joint Negotiating Group=JNG。国船協の他、欧州が地盤のIMEC、韓国船協、Evergreen社で構成)夫々の交渉団の間で行われ、議長は労使双方で持ち回り、夫々の交渉団がスポークスパーソンを立てて、原則として発言は彼らが集中して行う。交渉は、必要に応じて労使夫々が内部討議を行うためにブレークの時間を設け、また集まっては全体討議を再開するパターンを繰り返し、最終的に決着に辿り着く。

国船協は、交渉に日本語・英語間の通訳者を起用する。われわれの英語力を考えると通訳者は必須だが、通訳者がいればコミュニケーション上は問題なしということには必ずしもならない。通訳者は事前に十分な準備を怠らないが、船員労務には通じていないため、誤訳や訳漏れが生じることもあれば、通訳者が選んだ単語や言い回しなどにわれわれが違和感を覚えることもある。日本語から英語への通訳に関しては逐次で行うが、われわれが伝えたかったことが、部分的にせよ、全体的にせよ、きちんと伝わっていないのではないかと懸念する場面もある。一方、英語から日本語へは同時通訳を導入しているが、訳漏れなどを聞き逃すまいと発言者と通訳者の両者に耳を傾けるとどっちつかずになってしまい、結局、発言者が何を言いたかったのか理解できなくなってしまうこともある。そうした経験を踏まえ、私自身は英語が聞き取りづらい人(インド人やギリシャ人等)を除いては通訳者には頼らず、発言者の声に専ら耳を傾け、分からなかった部分、あるいは聞き取れなかった部分で重要と感じたことは後から他の人に確かめることにしている。

既述の通り、交渉自体は労使夫々のスポークスパーソン(求められる英語力故に欧米人)が各々の主張を繰り広げながら、交渉を主導していく。そこで行われるのは、所謂ディベートであり、忖度は皆無に等しい。ああ言えばこう言うのは当たり前で、感心しながら聞いていると、「国船協はどう思う」と急に振られて答えに窮していると、「国際会議で難しいことは、インド人を黙らせることと日本人をしゃべらせること」などと冗談半分にその場を和ませることも忘れない。こうしたディベート力は、幼少期からの教育の積み重ねであり、また文化や国民性等に起因する所もあるのであろう。英国のパブリックスクールでは、ディベート専用の部屋が設置されているという。

わが国では、英語力の向上、とりわけ話す英語を身につけるための教育への転換、そしてディベート力を身につけるための授業の導入など、日本人の国際対応力の向上に関する議論が活発だ。特に英語力の向上については百家争鳴である。こうした動きには賛成だが、一つだけお願いがある。生徒や受講者が学んでいて楽しいと感じる工夫をして欲しい。嫌とかしんどいと感じたら、その先に進むのが辛くなると思うからだ。

以上
※本稿は筆者の個人的な見解を掲載するものです。

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