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2012年2月

五十嵐誠

海運は懲りない産業なのか?

日本船主協会 副会長
五十嵐 誠

また、未曾有の海運不況がやってきた。経済学の教科書通りの、需給アンバランスによる市況低迷にのた打ち回っている。不況期には新造船発注が落ちスクラップが進み、供給が縮小した段階で何らかの理由で輸送需要が拡大すると、船舶建造のリードタイムの長さから、暫くの間は船腹の供給不足状態となり市況は大きく好転する。

好況期には、需要の拡大はビジネスチャンスの拡大とばかりに新造船発注に飛びつき、将来の市況低下時に高船価船の引渡しを多数受ける潜在リスクを抱え込む。そして、供給圧力は需要の水準をいずれ超え、需給バランスが崩れた瞬間に市況は急速に悪化する。もちろん、市況は単純な機械的計算ではなく、短期的には先読み感、心理的なものもそれなりの影響をもたらそうが、中長期的にはサミュエルソンの経済学入門書通りの世界だ。

市況は全ての経済活動に存在する。しかしながら海運では、他産業のように技術革新が新たな需要を創造・拡大する割合も少なく、しかも、他の製造業で通常行われる市場退場(生産設備縮小・倒産等)による供給調整が行われず、会社は倒産しても船舶は市場を闊歩し、需給調整に要する時間が極めて長くなるという大きな短所を持つ。

しかしながら、それを百年一日の如く繰り返してきた海運業界が「投機主義の懲りぬ面々」「市場任せの先の読めない面々」「過去に学習せぬ面々」の集合体だというのは、いささか不当な評価になるだろう。

不況期に安価な船舶に大量投資し、好況期には低コスト船で勝負しつつ投資を抑え内部留保を充実させれば、市況循環を逆手に取って安定収益を維持できるとよく言われるが、それは言い換えれば「逆張り」の戦略で、現実的リスクは順張りよりもはるかに大きく、常に「後知恵」的なニュアンスを持つ。

日本の海運企業は、そのポートフォリオの中に長期契約船を一定の比率で取り込み、安定収支部分を持つことにより、好況時の利益機会をある程度失う代わりに、不況時の収支下降に一定の歯止めをかける仕組を確立し、世界中の海運会社群の中で、最も不況時に強いユニークな強みを維持してきた。また、海運以外の部門への進出も、他産業の多角化とは若干ニュアンスが異なり、市況性の強い海運部門の収支変動を少しでも中和させる効果を狙った側面もあっただろう。

その相対的な安定性に加えて、あとは市況の変化の潮目をできるだけ早めに読み取る力と、それに即応して戦略を柔軟に且つ迅速に変えられる経営力・組織力ということになる。今不況期にどのような種を蒔いているのか、いずれ来る市況の上昇局面の兆しを確信した段階で、日本海運経営の担い手達がどのような対応をするか、各社各様大変楽しみだ。

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