2013年11月1日
「安全への戒め」
日本船主協会 副会長鈴木 修
海運業に身をおいて40年、今思い出しても自身の未熟さに赤面するような失敗談は尽きないが、自分の経験の中で残念な思いが頭を離れないのがフェリーの社長時代に起きた荷役作業中の乗組員の死亡事故である。フェリーの場合、乗用車でも貨物車(大型のセミトレーラーあるいは大型トラック)でも、原則としてその所有者あるいは所有者から委託を受けた者が自ら運転して船に乗り込む。そしてそれらを車両甲板の所定の場所に誘導し、固縛するのは本船の乗組員の仕事である。事故は大型トレーラーが所定の位置に誘導されるところで発生した。大型トレーラーの運転手はバックで本船に乗り込み、予め指定されたレーン番号のところまで来て、乗組員の誘導を受けて所定スポットに収まる。乗組員が誘導を行う時は、進入してくる車に背を向けてはいけないというのがルールである。ところがその時乗組員は(恐らくレーン番号を勘違いして)車が進入してくるレーンの上を、しかも車に背を向けて歩いていてトレーラーに轢かれてしまったのである。13メートル超のトレーラーをバックで運転するドライバーには当然ながら車の後部は見えないし、まさか自分の収まるレーン上に誘導員が歩いているなどとは想像もしないで車をバックさせていたと思う。
事故というのはその多くが人為的なミスが重なることによって発生する。上述のケースでも、「車に背を向けて歩く」「レーンを勘違いする」という二つのミスが重なって痛ましい死亡事故につながったのであり、どちらかひとつだけのミスであれば事故にはならなかったのかもしれない。
人間にはミスはつきものである。どんなに気をつけていてもちょっと集中力が切れた瞬間にミスを犯す可能性は否定できない。我々のような事務所業務であればミスを犯してもその多くはリカバリーが可能であろう。しかし本船のような現場業務ではちょっとしたミスが重なれば重大事故につながりかねない。
船会社にあって安全運航の維持は経営者として最も大きな責任の一つであり、そのためには時間を惜しまず訪船して乗組員に注意喚起することが当然の義務だと考えている。私たちが言わなくても、船の上ではそれぞれの職場で作業前ミーティングを行って注意点を確認し、実際の作業の中で発生した「ヒヤリ・ハット」は細大漏らさず報告した上でその改善策を講じ、更にそうした体験を社内の他船ともシェアすることが行われている。その上で私がいつもお願いしてきたことが一つある。それは自分の前後左右で働いている人たちへの「気配り、目配り」である。野球で言えば、仮に自分が二塁手だとして、左右にいる一塁手や遊撃手の強い点や弱い点、あるいはそのくせやその日の体調等もしっかり頭に入れて、必要な時は修正のための適切な指示をし、あるいは素早くバックアップに回るといったことが常に行われていれば、その結果としてミスは少なくなる一方で連携プレーは非常に強固なものになる。同様なことが海上輸送の現場業務にもあてはまり、強固な連携プレーは、人的ミスを予防すると同時に、仮にミスが起こっても直ちに誰かによってカバーされ、安全を確保できる態勢が維持される。
松下幸之助氏の「道をひらく」に「長所と短所」という文章がある。
「この世の中は持ちつ持たれつ、人と人との協同生活によって、仕事が成り立っている。暮らしが成り立っている。この協同生活を円滑に進めるためには、いろいろの心くばりが必要だけれども、なかでも大事なことは、おたがいにまわりの人の長所と欠点とを、素直な心でよく理解しておくということである。そしてその長所をできるかぎり発揮させてあげるように、またその短所をできるかぎり補ってあげるように、暖かい心で最善の心くばりをするということである。」
船という閉ざされた空間での協同作業には、お互いの心くばりが事故を未然に防ぐ大きな要素になるものと信じている。