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オピニオン

2014年7月1日

上野副会長

「泰山鳴動の果てにあるもの」

日本船主協会 副会長
上野トランステック 代表取締役会長兼社長
(日本内航海運組合総連合会会長)
上野 孝

「泰山鳴動してネズミ一匹」とは、このことを言うのでしょうか。今春の内航海運の運賃改定についての率直な感想です。

昨年来のいわゆるアベノミクスで、日本経済は久々に活況を呈しています。モノが売れて生産が増えれば、物流も繁忙になります。内航総連が主要な内航オペレーター60社を対象として行っている輸送量調査によれば、昨年10月から今年3月までの6ヶ月に、タンカー以外の貨物船の輸送量は、前年同期に比べて9%増加しました。船が足りなくて荷主が困っている、というような記事が、些かセンセーショナルに経済紙に載ったりしました。

例年春に行われる荷主との運賃交渉は、当然、こうした状況を反映して船社にとって有利に展開すると思われたのですが、蓋を開けてみれば、予想に反してごく小幅な改善にとどまりました。それが冒頭に述べた感想の理由です。

なぜ、運賃は上がらなかったのでしょうか。

船腹需給が全体としてまだ引き締まっていないからだ、という見方があります。本当に船が足りなくなれば、運賃は厭でも上がるものだけれど、そうならないのは供給余力があるから、というわけです。

そうかも知れないと思いつつ、今一つの記憶が脳裏をよぎります。

一昔か二昔前のこと、さる大メーカーで新たに物流担当の役員となった方が、物流は宝の山、と言われたことがありました。物流は無駄が多くてコスト削減の余地が大きい、というのが発言の真意であったと思いますが、勘ぐれば、物流コストは圧縮しようと思えばいくらでも圧縮できる、という意味が込められていたのかも知れません。船であれトラックであれ、物流にカネをかけるのは馬鹿げているという発想です。

ネットで買い物をすれば、送料無料で商品が届くサービスも珍しくない今のご時世で、物流コストという観念が一般消費者にとって希薄化しているように思われます。高速道路の無料化というような主張も、そうした意識の延長線から出て来るのでしょう。

しかし、消費者が負担しようとしまいと、注文された商品を物流センターでピッキングし、パッキングしてから、所定の場所に配達するまでのコストは確実にかかるのです。高速道路にしても然りで、橋梁やトンネルの適切なメンテナンス、あるいは更新を怠れば、経年劣化が進行して、いずれは崩落の危険が高まります。

内航海運に話を戻します。オペレーターが受け取る運賃が上がらなければ、オーナーが貰う用船料も上がりません。でも、コストは上がるのです。例えば、用船料が上がらなくても、船員の給与を世間並みに引き上げざるを得ないオーナーは、コスト増を自分で負担することになります。

コストに見合う対価が得られないまま、事業者は押し並べて疲弊していきます。内航海運で船と船員の高齢化が著しいのは、その表れと言えるでしょう。代替建造が低迷して、内航船の7割が法定耐用年数の14年を超える老齢船です。また、内航船員の4割が55歳以上の高齢者という事実は、内航海運が若者にとって魅力のある職業とみなされていないことを示しています。いずれも見過ごすことが出来ないものであり、こうした状況の先には、荒廃した物流現場の寒々とした未来像が見えるような気がしてなりません。

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