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2015年5月1日

諸岡常任委員

地中海を漂流する人たち

日本船主協会 常任委員
NYKバルク・プロジェクト貨物輸送
代表取締役社長
諸岡 正道

アラブの春と謳われた北アフリカや中東での民主化運動は、政府と反政府間の闘争やイスラム教内の宗派間抗争を巻き起こし、先の見えない泥沼に陥っている。内戦から逃れる為に他国を頼って多数の難民がトルコやヨーロッパ諸国に流れ込んできている。シリアやイラクにおける「イスラム国」支配の地域から逃れる難民の数は膨大で、現在トルコには約160万人のシリア人難民がいる。彼らの多くは陸路をとってトルコやその周辺国に逃れてきている。一方、地中海沿いのシリアや北アフリカから欧州に逃れる難民は地中海を渡り欧州を目指す。

然し、そもそも大したお金も持っていない人達なので、小さな船に溢れんばかりの数の人達が乗り込み、通りがかる外航船舶に助けを求めて、欧州の安全な港まで連れていってもらうのが安上がりな方法なのである。自走もままならない小さな船やゴムボートであるから、天候次第では何時沈没してもおかしくない代物に、難民たちは命懸けで乗り込んで通過する船舶に拾ってもらうまで神に祈るほかない。拾ってもらえなければ命を落とすだけだ。

翻ってこの地域を通過する船舶は、漂流するボート・ピープルを当然の使命として救助する。然し、荒天遭難で難破した船員などを救助するのとは随分と話が違う。まず救助を求める人たちの数が圧倒的に多い。多いケースでは500人にも達する。小さな子供たちも含まれる。病気になって死にかけている人もいる。中にはテロリストも含まれているらしい。そもそも、フェリーなどと違い貨物船は斯様に大勢の人たちを受け容れられるような居住空間や十分な食糧を持ち合わせていない。従って、この難民をはるか遠い港に連れて行くことは非現実的で、専らイタリアの港に連れていくことになる。

3月3日に起こったケースでは、ゴムボートに乗った121人が救助されたが、10人は途中で溺れて死亡したと報告されている。今にも沈没しそうなボートはリビアの密航斡旋業者から買い取ったものと思われ、救助されなければ全員溺れ死んでいただろう。この日だけでも7件合計900人が商船によって救助されている。昨年地中海で救助された難民の数は約4万人。今年に入ってから2月末までに既に7,800人の難民が救助されており、昨年比43%の増加である。昨年難民救助に携わった船舶数は800隻に及び、進路変更を余儀なくされた。

救助する船員も大変神経を使う。荒天遭遇による遭難者と違い伝染病を持っている人も含まれているかもしれない。多勢に無勢なので暴れられてもコントロールできない。安全・衛生面での心配は山ほどある。進路変更に係るコストやスケジュール維持等海運会社にとっても頭の痛い問題である。人道主義の見地から商船は海上で遭難した人達を救助することが国際法で義務付けられているが、法とは関係なくこれは船乗りの掟でもある。然しながら、既に3,500人の難民が溺死したとの報告もあり、今後更に増加すると予想される地中海を渡る難民への対策を、海運業界だけに押し付けても根本的解決には至らない。このまま現状維持で対応すれば、犠牲者の数はますます増えていくであろう。関係沿岸国政府、国連、ヨーロッパ連合にあっては、この問題に真摯に向き合い実効ある対策を打ち出してもらいたい。残念ながらこの問題に関する国際的な認識度はまだ低いが、人道主義を大前提にICSを中心とした海運団体は、IMOと協調しつつ国際社会においてこの問題の深刻さを共有せしめる努力を現在行っている。何等かの解決策を得る為に、今後とも国連の各機関や関係国に働きかけを継続していかねばならない。

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